それは1822年、議会が馬と牛の酷使を禁ずる法令を制定したことに始まる。さらに2年後には動物虐待防止法を、1849年には闘鶏の禁止令も出されている。
のち、ヴィクトリア女王は、1887年の即位50周年記念祭で、動物愛護の精神が国民の間に広く行き渡ったことに謝意を表したという。
考えかたを変えてみれば、愛護の法令があらわれるということは、愛護していなかったという過去があるからであって、やはり(というのも意地悪いが)イギリスでは19世紀中頃まで愛護とはまったく正反対の文化がスタンダートとしてあった。
例として、熊や牛や猫や犬などをいじめることが見せ物として大変人気があったという事実がある。
18世紀の画家ウィリアム・ホガースの有名な絵『残酷さの4段階』には、猫や犬いじめの実体が生々しく描かれていて、首を吊るされた猫などの絵は、なかなかどうして不快な気持ちにさせられる。
また、ロマン派詩人ジョン・クレアの名詩『穴熊』という作品では、穴熊をとらえて町に連れて行き、広場で犬をけしかけて笑い者にし、石を投げつけ、蹴飛ばし、こん棒でたたき、ついには息たえさせるまでの穴熊の必死の抵抗ぶりを克明に書き留めたもので、これも『残酷さの4段階』と同様、だれしもがなんとも言いがたい感覚を得るだろう。
(つづく)