東京大学総合研究博物館動物部門所蔵 無脊椎動物標本リスト
本書は、標本資料報告62号に続く東京大学総合研究博物館動物部門所蔵の無脊椎動物標本リストの第二集である。
当館動物部門所蔵の無脊椎動物標本は、かつて東京帝国大学動物学教室が所有していたもので、明治から大正時代にかけて採集された多様な動物門を含む。これら無脊椎動物コレクションのデータベース化および各分類群の専門家による詳細な調査は平成11年から続けられてきた。今回は海綿動物門六放海綿綱と刺胞動物門ウミエラ類、ウミトサカ類についての調査結果をまとめることができた。いずれの分類群にもタイプ標本などの貴重な標本が数多く含まれているが、特に六放海綿は動物部門所蔵標本の中でも学術的価値が最も高いものの一つであり、所蔵標本リストの公開が待望されていた。今回の調査では、長らく所在が不明であったタイプ標本が少なくとも109点確認された。この中には、原記載以降再発見されないため分類学的な位置が不明であった種や属も含まれている。今回タイプ標本が発見されたことにより、これらの分類群についての研究が大きく進展することが期待される。
一方で今回の調査では、多くのタイプ標本が紛失していることや、残っていたタイプ標本にも保管状況が悪いために激しく損傷したものが少なくないことも明らかになった。旧東京帝国大学動物学教室にはかつて膨大な数の動物標本があったが、昭和時代初期に当時の教授であった谷津直秀が分類学との決別を宣言してから、それらの標本は適切な管理をされなくなって散逸し、少なからぬ標本が廃棄された。六放海綿標本の一部は、実際に捨てられていたものを故堀越増興氏が拾い出したと聞いている。当館に保管されている標本はこうした受難をくぐり抜けて残った幸運な標本だけであり、それはかつて動物学教室あった標本の一部に過ぎないのである。紛失が惜しまれるのはタイプ標本だけではない。かつて動物学教室にあった無脊椎動物標本の多くは相模湾の海底から採集されたものであるが、今日の相模湾では漁法等が規正されているために、同じ状況のサンプルを今後採集することはほぼ不可能である。これらは100年前の生息状況を示す貴重な標本であるだけでなく、地域個体群、あるいは分類群レベルでも二度と採集することができない貴重なサンプルが含まれていたと思われる。我々は、この反省を踏まえて、当館に残っている標本を未来永劫に渡って研究に利用できる状態で維持、管理できる体制を整えなければならない。
本書で報告された3つの分類群はいずれも、百数十年の年月を経て初めて当館所蔵標本の全貌が把握されたものである。本書に収録したのは、単なる収蔵標本カタログではなく、各標本の学術的重要性や博物学的意義、タイプ標本の位置づけ、標本に関する様々な知見、研究史、標本が引用されている文献などを網羅した論文である。また六放海綿の重要なタイプ標本も図示されている。これらの論文は各分類群の研究に必須の文献になるとともに、当館における今後の標本管理の指針となるものである。本書に収録された論文および標本の詳細なデータベースは総合研究博物館のHPでも公開しており、国内外からのアクセスが可能である。
/DDoubutu/invertebrate/porifera/index.html
/DDoubutu/invertebrate/alcyonacea/index.html
/DDoubutu/invertebrate/pennatulacea/index.html
本報告を出版するにあたって多くの方々にお世話になった。中井研究所の小川数也博士と黒潮生物研究所の今原幸光博士は、長年に渡って六放海綿標本およびウミエラ類、ウミトサカ類標本を精査して頂き、本報告の原稿を執筆して頂いた。また、阿部渉博士には本報告の編集および六放海綿標本の調査で尽力して頂いた。東邦大学の西川輝明博士にはタイプ標本についてご教示頂いた。伊藤泰弘博士にはデータベースを構築して頂いた。本報告のもとになった無脊椎動物標本データベース化プロジェクトは、東京大学総合研究博物館の公開利用経費およびプロジェクト経費(平成11年?21年)による援助を受けた。また、本プロジェクト遂行に当たっては、総合研究博物館の研究部教員、事務職員の方々からの様々なご支援を頂いた。この場を借りて厚くお礼申し上げる。
平成22年1月20日