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六放海綿類標本データベース

動物部門収蔵資料


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東京大学総合研究博物館動物部門所蔵の海綿標本 (1) 六放海綿綱

小川数也1) ・ 阿部 渉2) ・ 上島 励2, 3)

1)中井研究室 ・ 2)東京大学大学院 理学系研究科 ・ 3)別刷請求先

タイプ標本について

 飯島魁と岡田弥一郎は137種 (亜種を含む) もの六放海綿を新種または新亜種として記載した。これらのタイプ標本のほぼ全てが当博物館に保管されていることが期待されたが、今回の調査でタイプ標本が発見できたのは75種 (亜種) だけである。その詳細については後述するが、最初にこれらのタイプ標本の位置づけとそのラベル情報について述べておきたい。

 飯島は初期の論文では新種記載の際にタイプ標本を指定せず、図示もしなかったため (Ijima, 1894; 1895; 1896; 1897; 1898)、この時期に記載された種はタイプ標本を原記載にもとづいて認識することができない。1901年以降の論文になって、ようやく飯島は詳細な形態学的記載と図示を行うようになり、新種記載に用いた標本のデータ (標本番号、産地、個体数など) も記述するようになった。"type specimen"という表記が記載論文中で初めて登場するのは1903年であるが、1903年以降も全ての新種記載でtype specimenが必ずしも指定されるとは限らなかった。1903年以降の論文では、それ以前に記載した種についても詳細な再記載を行うようになり、原記載に用いた標本 (タイプシリーズに該当する) のデータを記述するようになったため、原記載ではなく、その後の再記載の情報からタイプ標本を識別できたものも多い。

 飯島自身は"holotype"なる語を使うことはなかったが、単一標本に基づいて新種を記載したことが原記載から示される場合と、原記載中で複数のタイプシリーズの中の1個体だけをthe type specimenとして他の標本から区別している場合については、国際動物命名規約に従ってホロタイプと認定した (ICZN 73.1.1, 73.1.2)。また、原記載が単一標本にもとづいて行われたことが後の論文に明記されている場合もホロタイプとして扱った。この他のタイプ標本では、別の研究者が後でレクトタイプを指定した2例 (Tabachnick, 2002; Reiswig and Wheeler, 2002) を除くと、すべてシンタイプとして扱い、本文では新たなレクトタイプの指定は行わなかった (ICZN 74G)。

 今回検討した標本には、飯島本人がラベルに"type"と明記したものが含まれている。このような標本の多くは命名規約上のタイプ標本と合致するが、一部はタイプ標本と呼べないものが含まれている (後述)。注目すべきことに、原記載時に複数個体のタイプシリーズがある場合には特定の標本のラベルだけに"type"と記されていることが多い (全ての場合ではない)。1903年以降の原記載論文においても複数の検討標本がある場合には特定の標本 (多くの場合は最も状態の良い標本) だけを"the type"または "the type specimen" を呼んで区別している。これらのことから、飯島は" type specimen"という語を今日のホロタイプに近い意味で使っていたと推察される。しかしながら、今日の動物命名規約では「ホロタイプは原公表の中で原著者が指定する」必要があり(ICZN 73.1)、原著者による「ラベル上のtypeという表記」だけではホロタイプを決定するものではないため、本文では原著者のラベルの表記に関わらず国際動物命名規約第4版および追補にもとづいてタイプの再評価を行った。

 また、通常のラベルとは別に、赤い線で縁取られたラベル (以下、赤ラベルと呼ぶ) が付いた標本もある。この赤ラベル本体、あるいは赤ラベルと共に付いていた通常ラベルには"type"と記されていることが多く、タイプ標本には赤い印を付けるという分類学的慣習があることから、飯島が"type specimen"に対して赤ラベルを使っていたことが明らかである。実際に、赤ラベルが付いていた標本は、命名規約上タイプ標本と認められたものと基本的には合致する。ただし、赤ラベルが付いていながらタイプ標本と認められない例もわずかに存在する。例えば、UMUTZ-PorfH-689は4つの乾燥標本を台に突き刺した標本 (展示用?) で、台には"types"と書かれた赤ラベルが貼ってある。しかし、これらの標本はいずれも採集年月日が原記載の後であるため、タイプシリーズには該当しない (ICZN 72.1.1) 。これは今日の命名規約が規定するタイプ標本の概念と飯島が意図していた"types"の意味が必ずしも一致しないことを示すものであろう。またUMUTZ-PorfH-271 [Farrea clavigera (Schulze, 1887)] にも赤ラベルが付いている。詳しいラベル情報がないので断定できないが、これは飯島が原記載者であるF. E. Schulzeから譲渡されたシンタイプかパラタイプかも知れない。

 また、飯島の"タイプ"標本のラベルには記載された種名と異なる学名が記されている場合がある。この中には新種名として準備していた未発表のmauscript (MS) name (最終的に、この名前で新分類群が正式に記載されることはなかった) がラベルに書かれていることがあり、注意が必要である。このようなケースで、タイプの位置づけが問題となる複雑な状況の2例について説明する。

 1) UMUTZ-PorfH-288には2枚のラベルがあり、赤ラベルには「type spec. Staurocalyptus japonicus」、別のラベルにはStaurocalyptu crassifibratusと記されている。ところが、この標本の旧登録番号194はStaurocalyptus affinis Ijima, 1904のシンタイプに合致する。さらに、Staurocalyptus japonicusなる名前は Ijima (1903) が「後で正式な記載を行う」と述べて図だけを示し、正式な記載が行われなかったものであるが、その時に図示された個体の旧登録番号 (403) がこの標本とは一致しない。この混乱した状況は、Staurocalyptus affinis Ijima, 1904のもう一つのシンタイプであるUMUTZ-PorfH-793のラベルを見ることで解決した。この標本にも2枚のラベルがあり、赤ラベルには「type specimen」と書かれ、種名としてjaponicusを消して後でaffinisと書き直している。さらに通常ラベルにも「type specimen」と書かれているが、種名は最初に書いた名前 (判読不能) を消してcrassifibratusと書き直した跡がある。これらの情報から以下のことが推測される: 飯島は当初この種をStaurocalyptus japonicusと命名するつもりであった。しかし、この種名は別の種(Ijima,1903でStaurocalyptus japonicusとして図示されたもの)に対して準備していた名前と同じであることに気付き、crassifibratusという2番目の名前を準備した。しかし、どういうわけかcrassifibratusという種名は使われることがなく、この種は最終的にaffinisという名前で記載され、別種であるjaponicusも正式には記載されなかった。このような解釈にもとづいて、UMUTZ-PorfH-288はStaurocalyptus affinis Ijima, 1904のシンタイプと見なした。

 2) UMUTZ-PorfH-281のラベルには" Rhabdocalyptus spinifer, type specimen"と記されているが、この名称で飯島が記載した種は存在しない。当初この名はChaunoplectella spinifera Ijima, 1903の属位を変更したものかと思われたが、この標本の旧登録番号415はChaunoplectella spinifera Ijima, 1903のタイプとは合致せず、Staurocalyptus pleorhaphides Ijima, 1897の再記載に用いられた標本と一致した。また、標本ビンには赤ラベルが貼られており、そこにはStaurocalyptus pleorhaphidesと書かれている。飯島がこの標本をStaurocalyptus pleorhaphides Ijima, 1897とは異なる新たな新種として記載するつもりであった可能性も除外できないが、Rhabdocalyptus spiniferはStaurocalyptus pleorhaphidesに対して最初に準備していたMS nameであったと考えるのが妥当である。今回のリストではUMUTZ-PorfH-281はpleorhaphidesと書かれた赤ラベルがあり採集年月日も矛盾しないため、Staurocalyptus pleorhaphides Ijima, 1897のシンタイプとして扱った。

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