目次
緒言
東京大学総合研究博物館動物部門に所蔵されている海綿標本は、明治から大正時代にかけて採集された標本 (旧動物学教室所蔵標本) で、国内では最古、最大規模の海綿標本コレクションである。これらの海綿標本は相模湾・相模灘から採集されたものが多いが、この他にも、当時の伝により国内外の各地から集めた標本、Siboga号、Albatross号等の探検航海で採集された標本、海外の研究者からの寄贈または交換によって得られた外国の標本、化石等が含まれる。本海綿コレクションの中核をなす相模湾産の標本は、当時動物学教室の教授であった飯島魁が、日本初の臨海実験所である東京大学三崎臨海実験所を基点として行った精力的な調査で採集したものであり、伝説の採集人である青木熊吉が協力したことは有名である。当コレクションには相模湾産の六放海綿類の見事な標本が残されているが、現在はこの海域では漁法等の規制があるため、二度と採集できないものが多い。本海綿コレクションで最も注目すべきことは、飯島魁、岡田弥一郎、朴澤三二によって記載、命名された六放海綿、石灰海綿のタイプ標本が多数含まれていることである。これらのタイプ標本は分類学的研究の最重要資料であり、今日でも国内外の研究者からの照会が多い。このように当博物館所蔵海綿標本は、日本における動物学の黎明期を示す第一級の博物学的資料であるとともに、貴重な標本を数多く含んでおり、学術的価値はきわめて高い。
残念なことに、我国での分類学の衰退に伴って、この海綿標本コレクションは未整理のまま放置され、タイプ標本を含む多くの標本が所在不明となった。また、タイプ以外の標本に至っては、その存在すら認識されていない状況であった。そこで我々は、平成11年から当館動物部門所蔵の海綿標本についての本格的な調査を実施し、データベースの作成を行っている。今回は、本コレクション中で最も学術的価値が高い六放海綿類についての調査が終了したので、その結果を報告する。
本文では、当館動物部門所蔵の六放海綿標本を最近の分類体系 (Van Soest, et al., 2008) に従って整理し、各種ごとに登録番号、産地、採集年月日等のラベル情報と標本の保存状態などの一覧を示すとともに、当館所蔵標本の学術的価値、タイプ標本の位置づけなどについて記述する。特にタイプ標本については、当コレクションに多数のタイプが含まれている上に、様々な種類のタイプ標本が混在し、命名規約上問題になる点や当博物館にはない標本も多いため、ラベル情報の問題などを含めて詳しく記述する。また、重要なタイプ標本については標本写真とラベルを図示する。さらに、異物同名(新参同名)であることが判明したHyalonema (Coscinonema) ovatum Okada, 1932に対する新置換名を提唱する。なお今回の調査では、種レベルの同定は、原則として飯島、岡田のラベル表記に基づいているが、文献との照合や今回新たに作成した骨片のプレパラート観察により一部は種名を変更した。
謝辞
今回の報告をまとめるにあたって、多くの方々にお世話になった。東邦大学の西川輝明博士には命名規約についての助言を頂いた。伊勢優史博士には文献等についてご教示頂いた。データベース作成にあたっては伊藤泰弘博士にお世話になった。本研究は東京大学総合研究博物館の公開利用経費およびプロジェクト経費(平成11年?21年)による援助を受け、総合研究博物館の研究部教員、事務職員の方々からの様々なご支援を頂いた。この場を借りて厚くお礼申し上げる。