「釣魚島石」などに相当する相のNa, K, Al, Crの濃度分布 |
Cr2O3+11Al + NaNO3+5.5O2
→ 2Cr + NaAl11O17+0.5N2 (1)
この式の右辺側の NaAl11O17が「釣魚島石」に相当し、かつては廃棄されていたが、現在では耐火材として再利用されているということがわかった。
ところで、現在知られている自然クロムの産出状態は、超苦鉄質岩中か、それに由来する砂鉱かに限られており、そのような岩石中に「釣魚島石」のような化学組成を持つ鉱物は知られていない。原記載では、自然クロムが「釣魚島石」に含まれることから、説明なしにマグマ起源であろうと推定されているが、この点も納得が行かない。むしろ、簡単にクロム製錬時の産物と考えた方が理解しやすい。そこで、「釣魚島石」はクロム製錬時の産業廃棄物ではなかろうかと考え、再検討することにした。
「釣魚島石」は、記載される以前に、本学工学部元教授の故山口悟郎先生らが合成され、1968年に論文として公表されている。工業的にはよく利用されていて、通称ベータ・アルミナと呼ばれている。その類縁物も実はよく似た構造を持ち、筆者の知る限りでは、Na2O・xAl2O3、9≦x≦11のものがβアルミナ、5≦x≦7のものがβ”アルミナ、その中間のものがβ’アルミナと呼ばれ、それらはどれもnon-stoichiometricであるという特徴を持つ。また、βアルミナとβ’アルミナとをX線回折データにより識別することは非常に困難である。これらを含む相関係等まだ不明のことも多く、今後の進展が待たれるが、私たちの知らないことを材料科学の方々などがきっとご存じだと思うので、ぜひご教示していただきたい。
ここでは上記にならって、化学分析値の生データを(Na,K)2O・x(Al,Cr)2O3のように書き直すと、原記載の化学組成式では、10.7 ≦ x ≦ 13.9 (分析数 n = 13)に対し、私たちのデータでは、5.5 ≦ x ≦ 9.5 (n = 197)と明らかに異なる。なお、 NaK及び AlCr置換がどちらにも認められる。今のところ、x ≧ 11のものは知られていないので、原記載データはこの点だけでも疑わしい。おそらく、原記載では、微小部分の化学分析の精度、とくにNaの定量の精度に問題があるものと思われる。βアルミナなどはalkali polyaluminatesであるので、NaK置換は当然あるし、クロム製錬時の産物なら、AlCr置換も当然のことである。図は、理学部地質学教室の微小部分の分析装置(electron micro-probe analyzer)を用いて得られた私たちの標本(クロム製錬時にできる副産物)のデータの中から、「釣魚島石」などに相当する相のNa, K, Al, Crの濃度分布を示している。今、便宜上合成物に鉱物名を当てて説明すると、いわゆるエマルジョン組織を示す「自然クロム」を取り囲むように「コランダム—エスコラ石系鉱物」や「カールスベルグ鉱」があり、さらに、その外側に「釣魚島石」が見られるが、「釣魚島石」ではNaに富むものもあれば、 Kに富むものもあり、その化学組成式を(Na,K)2O・x(Al,Cr)2O3のように示した場合に、x値も相当変化することが読み取っていただけると思う。上記の式(1)で、左辺側のAlやNaNO3の量などによって、「釣魚島石」に相当する相の組成も変化するのであろうか。現在研究中の話で、触れられない部分もあるが、目下中国側共同研究者を通じて、模式標本の供与を依頼している。模式標本の再検討後に、国際鉱物学連合(IMA)の「新鉱物及びその命名に関する委員会」にこの鉱物の取消を申請できればと考えている。
(本館専任助手/地質学)
Ouroboros 第3号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成9年1月21日
編者:西秋良宏/発行者:林 良博/デザイン:坂村 健