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第7回新規収蔵品展

「野生動物を追う」

高槻 成紀


図1 ニホンジカのオスを麻酔銃で捕獲する。
図2 オジロジカを捕獲するためのドロップネット
(アメリカ合衆国コロラド州にて)
図3 電波発信器を装着したニホンジカ
図4 皮下に挿入するマイクロチップ
長いあいだ動物の野外研究は双眼鏡と野帳でおこなわれてきた。野生動物研究者は 近代的な機器類とは無縁であるかの如き存在と見られることもあり、それでよしとされる空気さえあった。そこには、素朴な機器類に頼るよりも健康な脚と鋭い観察眼こそ野生動物をとらえることのできる最良の道具であらねばならないという信念のようなものがあった。そして多感で鋭敏な感性をそなえたすぐれた研究者がいたことも事実であった。

 しかしそこに限界があったこともまた確かであった。哺乳類は夜行性のものが多い。また鳥類は飛翔力にすぐれている。どのようにがんばっても人間の努力でどうにも知ることのできない領域が厳然と存在した。

 現代の機器類の発達は、このような分野へも積極的な展開を見せるようになった。たとえば1000kmを越えるような大規模な渡りをする鳥類に電波発信器をつけ、それを衛星で受信すれば、研究室にいながらにして渡りのルートをリアルタイムで知ることができるという、まさに夢のようなことが可能になった。また山の中にカメラをセットしておけば暗闇を歩く野生動物の写真を撮影することが可能となった。今回の展示では、野生動物を追おうとする研究者たちが使っている捕獲装置、追跡装置、自動撮影装置などやその成果を紹介し、野生動物の野外研究の前線の雰囲気を伝えたい。

 鳥類の捕獲はかすみ網が有効で、あまりに効果があるので法律で禁じられている。研究者は環境省から許可をとって捕獲している。大型哺乳類では麻酔銃がよく使われる(図1)。また有蹄類ではドロップネット(図2)やコラールと呼ばれる大型の追い込み装置も用いられる。規模の小さいものでは箱罠も有効であり、ことに肉食獣では効率よく捕獲できる。

 追跡には動物の首や背中に発信器をとりつけてそこから発信される電波をとらえる(図3)。よく用いられてきたのは八木アンテナによって電波の発信する方向をとらえ、複数の点をとることによってそれらの方向の交わる点を求めるという方法である。同じ原理でも、受信地点をとらえるために徒歩で歩くものから、自動車を利用したり、軽飛行機を用いるものまである。

 最近ではこの直線交差法ではなく、衛星で発信点を直接捕らえる方法が発達してきた。しかもその精度は誤差10mほどというほどピンポイントになっている。現状では発信器の小型化などにまだ改良の余地があるが、それでも日本を越冬地とするツルの移動ルートが明らかにされるなど画期的な成果が得られている。この方法はウミガメなどにも応用されている。

 私たちはシカを個体識別し、毎年生け捕りにして体格の成長過程や個体間の社会関係などを調べているが、観察個体が死亡し、時間が経つと死体が劣化するために識別が不可能であった。しかし家畜用に開発されたマイクロチップ(図4)を皮下に挿入することにより、死体からでも個体を特定することができるようになった。

 また赤外線センサーを応用することによってもさまざまな道が開けた。けもの道にカメラをセットしておけば、動物が通ったときにシャッターが落ちて撮影できる。またカメラの前に餌を置いておくことによっても撮影が可能である。これらは被写体としても魅力的なものであるが、研究データとしても有効である。どのような林にどのような動物が生息しており、その密度がどの程度であるかなどを知ることもできる。またどのような餌にどのような動物が集まるかといった種間相互作用あるいは動物群集の解析などにも展開されるようになった。

 このほか夜間でも観察ができる赤外線望遠鏡などが夜行性の動物の行動を次々に明らかにしているほか、人間には感知できない超音波を利用するコウモリの生態の研究や、紫外線を識別する昆虫類の感覚を解明する研究、あるいは複雑で早い鳥類の鳴き声を視覚的に分析する研究なども長足の発展をしている。

 野生動物の研究者たちが双眼鏡と野帳だけでデータをとっていた時代は過去のものとなり、今や最新の機器を駆使しながら、これまで見えなかった世界の扉を次々と開いている。もっともそのことは健康な脚と鋭い観察眼を必要としないことを意味するのではむろんない。これからは、野外研究の必要性はますます重要となるが、その基礎となるのは、やはり体力と観察眼の必要性なのだということを忘れるべきではない。

 

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(本館助教授/動物生態学)

  

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Ouroboros 第16号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成14年1月10日
編集人:西秋良宏/発行人:高橋 進/発行所:東京大学総合研究博物館