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アウストラロピテクスの骨格

諏訪 元


恐竜の足跡の話は良く耳にするし、発見例も多いと思う。しかし、我々の祖先が二本足で歩き始めたころの猿人の足跡はただ一例だけが知られている。それは、約350万年前、アウストラロピテクス・アファレンシスのもの、タンザニアのラエトリから発見されている。正確には約25メートル連なった猿人三個体分の足跡が火山灰層の中から1970年代末に掘り出された。今回の展示では、この足跡のうち小さい個体のもの、三歩分をレプリカから興し、その作り主としてふさわしい有名な「ルーシー」の全身骨格復元へとつなげた。
実は話はそう簡単でなく、このラエトリの足跡を作ったのはアファレンシスでなく、より進歩的な人類ではないかとの意見もある。エチオピアのハダールから出土したアファレンシスの化石骨は大なり小なり原始的であり、例えば足の指が長く、湾曲していて現代的なラエトリの足跡とは到底合わない、との議論が1980年代に起った。そこで我々はアファレンシスや他の初期人類の、複数個体分の足の骨をモザイク状に組み合わせ、指と足全体のプロポーションが大方保存されるように足全体の復元を試みた。そして、最後に復元した足を「ルーシー」大にすると、ぴったりとラエトリの足跡にはまったのである。
ラエトリの足跡を作ったのがアファレンシスならば、現代人と同様、彼らは直立二足歩行を行っていたことになる。実際、アウストラロピテクスの骨格には直立二足歩行への適応が随所に見られる。特に骨盤と下肢の構造は腰と足(脚)を伸ばして我々のように歩いていたことを示している。
ただし、個々の骨の形が現代人の状態とは異なることも一目瞭然である。そこで、研究者によっては、アウストラロピテクスは腰と膝を曲げたままの状態で歩いていたのではないかと考えたり、樹上空間にかなり依存していたのではないかとの意見も強調されてきた。しかし、把握性の足など樹上行動で大いに活用すべき体部位が、アウストラロピテクスでは既に直立二足歩行のために犠牲になっている。そのため、少なくとも類人猿ほどの樹上空間への依存はなかったはずである。現生類人猿の中でもチンパンジーやゴリラは相当な時間を地上で過ごすことを考えると、地上指向がさらに強かったはずのアウストラロピテクスが基本的に地上生活者であったとしてもそう不思議はない。

写真 アウストラロピテクス
写真 アウストラロピテクス・アファレンシスの部分骨格標本、通称「ルーシー」。アディスアベバのエチオピア国立博物館にて
(T. ホワイト提供)。
ハダールの約320万年前の地層から1974年に発見された「ルーシー」には全身の骨格の約40%が揃っているとされている。残りの欠落部はケント州立大学のC. O. Lovejoyとクリーブランド自然史博物館のB. L. Latimerらによって復元され、その過程で、化石化途上で変形した部位も更正されている。一見すると復元部が多く、想像によるのではないかとの心配も湧くであろう。しかし、左右片方が実在する箇所は鏡像としてもう一側を復元できるし、欠落が激しい頭などは他のアファレンシス個体のものを参考に復元作製してある。あるいは、類人猿、他のアウストラロピテクス、現代人のデータをもとに骨長などを調整してある。
「ルーシー」の復元には他の研究者らも挑戦しているが、中でも今回展示したLovejoyらによるものは特に信頼できるものと思われる。それは彼らはアファレンシスの四肢骨をくまなく観察し研究する機会に恵まれていただけでなく、高水準の機能形態学的視野から先見的な研究を推進してきたからである。彼らによる「ルーシー」の全身骨格復元を共同研究活動の一環として提供いただき、今回展示で披露するいきさつとなった。

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(本館助教授/形態人類学)

  

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Ouroboros 第8号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成11年6月1日
編者:西秋良宏/発行者:川口昭彦/デザイン:坂村健