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森林植物データベース

鈴木 和夫


フジオシダのホロタイプ標本
写真1 フジオシダのホロタイプ標本。
倉田教授の独特な筆跡によるラベル。
森林植物部門では、博物館のプロジェクト経費を受けて平成9・10年度の2年間にわたり、所蔵標本のデータベース化をおこなってきた。その一部については、標本の公開利用の便宜に供することができるところまできたので、概要を紹介したい。
森林植物部門の標本群は、おもに樹木および草本植物のさく葉(押し葉)標本、針葉樹の球果などの液浸標本や乾燥標本、木材標本(材鑑)、木材プレパラート、キノコの乾燥標本などからなり、国際的なハーバリウムとしてTOFOという略号で知られている。これらTOFO標本群の実際の所蔵場所としては、博物館内の植物・森林植物標本室に樹木さく葉標本の大部分が所蔵されているが、この他にも農学部標本室に樹木のさく葉標本の一部と材鑑の全部が、農学部森林植物学標本室にシダ類のさく葉標本と木材プレパラートが所蔵されている。標本は分類学的な順序に整理されて定期的な防虫処理を施されているので比較的状態は良い。外部研究者の利用も可能であるが、所蔵場所が分散されているので目的とする標本を探し出すのに従来不便を感じていた。
そこで、今回のプロジェクトでは、これらの標本群を網羅するデータベースを構築し、飛躍的に標本の検索を容易にすることを中長期の目標とした。勿論、限られた予算と時間の中でとりうる戦略としては、特に重要と考えられる標本に的を絞ってデータベースを作成することとなる。森林植物部門において、特に学術的価値が高いと思われるのは、農学部森林植物学講座担任であった倉田悟教授が収集したシダ植物の4万点を超える標本群で、倉田教授自身の命名した新種の基準標本(タイプ標本328点、ホロタイプ標本183点)を数多く含むため(写真1)、学外者の利用も多い。次いでユニークであるのは、材鑑標本とプレパラートである。初代講座担任であった猪熊泰三教授や島地謙博士(後に京都大学木材研究所教授)らは、精力的に日本や東南アジアの木材の顕微鏡的な観察をおこなって、木材を識別するための基礎的研究を行い、同時に多数の木材標本をTOFOに遺した。これらの木材標本やプレパラートは、さく葉標本と異なって利用する研究者は限られているが、東京大学が世界に誇りうる標本群である。
ムクロジのプレパラートの顕微鏡写真
写真2 ムクロジのプレパラートの顕微鏡写真。
環孔材特有の道管の配列が見られる。
そこで、まず初めにシダ植物さく葉標本、次いで木材プレパラートのデータベースを作成することとした。データベースの内容は、「標本棚の位置、標本棚の中での標本の位置、標本ラベル記載の学名および注記、同一種の標本枚数、和名、採取場所、タイプ標本であるか否か、タイプ標本である場合にはその命名記載がおこなわれた文献」などからなっている。現在、文字データの入力作業が終了し、タイプ標本については写真撮影も終了し、順調に完成に向かっている。また、木材プレパラートについてもデータ入力作業はほぼ終了し、顕微鏡写真撮影(写真2)を進めているところである。
このようなデータベースは、ExcelやLotus-123などのごく一般的なソフト上にダウンロードして容易に検索できて、標本の管理のみならず分布図の作成などの研究上の要請に対しても非常に広く対応できる可能性を秘めている。最近来訪された博物館の方に早速データベースを利用していただいたところ、「標本の整理が行き届き、検索が簡便で分かり易く、また保管状況も良く、(故)倉田先生も喜んでおられることと思います」との礼状を頂き、データベースが非常に有効であることが確認できた。現在、タイプ標本については標本全体像および特徴を表す胞子嚢群の拡大像などを画像データとして取り込み、タイプ標本画像データベースとして公開することを考えている。
このようなデータベースは、ある時点において作成すること自体は人手さえかければ比較的短期間にできるが、その後の新しい標本の受入や移動、種名の変更などにともなうデータの更新作業は今後とも続けなければならないため、大きな負担となることが予想される。データベース化によって分類学研究や標本の受入れや利用が活性化すればするほど、それに伴うデータ管理業務も増大することになるので、森林植物部門に限らず博物館における標本データの維持管理は今後大切な課題となろう。

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(大学院農学生命科学研究科教授/本館森林植物部門主任)

  

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Ouroboros 第8号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成11年6月1日
編者:西秋良宏/発行者:川口昭彦/デザイン:坂村健