文学部元教授、故渡辺仁博士(1919-1998)の研究資料が1998年12月、本館に寄贈された。
渡辺教授は、東京帝国大学理学部人類学科を卒業後、同学科講師、助教授をへて文学部考古学専攻教授をつとめられた(1980年退官)。その経歴からも推測できるように、教授の研究は人類学と考古学をつなぐユニークな領域にあった。それは、過去の人類の行動(考古学)を調べるために、まず現代人の行動を調べる(人類学)という一風変わった領域である。逆に言うと、現代人の行動調査から得られる知見を体系的に利用して過去の人類に関する諸問題を考察する分野、ということになる。教授自身はそれを土俗考古学と呼んだ。そのような研究は民族考古学とも呼ばれ1970年代後半から世界各地で実施されるようになっているが、教授は、その国際的な草分けであった。なかでも博士論文提出以降(1960年)、次々に発表されたアイヌ関係の諸論文は傑作として知られている。また、渡辺教授は、国内はもとよりイスラエル、レバノン、ニューギニア、ラオスなど世界各地で人類学・考古学の野外調査を繰り返した学術探検家でもあった。それらの実績によって、1980年には、ニューヨークに本拠をおく世界探検家協会(The Explorers Club)会員にも推挙されておられる。
今回の寄贈資料は、教授の著作、野外調査時のノート、民族誌抜き書き、写真、若干の土俗考古資料などから成っている。その中で異彩をはなっているのが、ここに紹介する弓矢である(写真1)。
それは、渡辺教授が1971年7月から8月にかけてパプア・ニューギニアのオリオモ地区ウォニエ村でおこなった土俗調査の際に、収集したものである。調査の方法は当時としては前例のないものであった。すなわち、ウォニエという人口100名ほどの村の中に当時あった「全て」の弓矢につき、その製作者、保有者、製作法、使用法などについて徹底的な聞き取りをおこない、同時に、弓矢そのものに関する詳細な計測・形質情報を集めたのである。それは現代の刀狩り、あるいは役所が住人に対しておこなう人口センサス(国勢調査)の弓矢版ともいうべき調査であり、この新調査法を渡辺教授は「弓矢センサス(bow-and-arrow census)」と命名した。
通常の民族誌では、作品を部族ごと、地域ごとなどグループ単位で記載するのがふつうである。渡辺教授の調査は、個々の作品と個人の情報との徹底的な照合を試みたこと、しかもそれを全村・全点について実施した点に独創性があった。その結果、弓矢製作の技術やスタイルには一定の個人差があること、所有者の成長とともに弓矢の型が変化していくこと、さらには、製作者と所有者が異なること、すなわちウォニエ村には弓矢贈与の習慣があることなどが判明した。そして、それらの関係を読み解くことによって、弓矢が演じていた社会的・生態的意味がうきぼりになったのである。
この土俗調査が、過去の社会をモノから探ろうとしている考古学者に重要な示唆を与えることは明らかだろう。全数調査された弓矢群というのは、考古学でいえば、一つの村を全て発掘して得られた矢尻のようなものだ。だが、考古学資料と決定的に違うのは、それらが1971年夏のある時、一つの社会の中で確かに機能していたモノだということだ。実は、噴火や地震など天変地異が起こって遺跡が封印されてでもいない限り、考古学者にはそのような生きた資料を扱う機会がほとんどない。遺跡でみつかる遺物の多くは、当時の人たちが使わなくなって捨てた物件でしかないからである。いわば死んだ資料から生きた社会を読みとらねばならない考古学者にとって、今回の弓矢群のように学術調査によって社会の中に位置づけられた一括標本は、モノと社会との関係を学ぶための格好の典拠資料になるのである。
寄贈標本は、全数調査の対象となった弓矢群の一部である。弓が1点と矢が56点ある。それらには、男たちがワラビーなどの狩猟に用いていたもの(写真2)、あるいは渡辺教授のために特別に製作したものが含まれている。矢は柄、鏃ともおおむね竹ないし木製で、1点のみ鉄鏃がある。柄と鏃の装着部には彫刻が施されているものが目立つ(写真3)。弓は竹製。弦には籐が使用されている。
調査成果を記したモノグラフ(H. Watanabe, 1975, “Bow and Arrow Census in a West Papuan Lowland Community: A Field for Functional-Ecological Study.” University of Queensland, Anthropological Museum, St. Lucia)、野帳、図面、写真、16mmフィルムなど豊富な出自データとともに、この貴重な標本を本館で保管できることを本当にうれしく思う。御厚意をおよせ下さった御遺族の方々、なかでも敦子夫人に心よりお礼申し上げる次第である。