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人類先史部門収蔵の古墳時代標本

倉林 眞砂斗




写真1 滑石製ミニチュア品


写真2 滑石製剣形品


写真3 小形陶棺

当館の人類先史部門には、多くの古墳時代の遺物が収蔵管理されている。その内容は、石製・ガラス製の玉類、金属製の耳環や腕輪などの身体装飾品、祭祀に用いられた非実用的な石製品、石枕、銅鏡、銅鋺、剣・刀・鏃などの鉄製武器や甲冑、刀装具、馬具、土器、各種埴輪、陶棺、などさまざまである。なかには、菖蒲塚(栃木県宇都宮市雀宮町)から出土した埴輪女子像のように重要文化財の指定を受けたものがある。
それでは、これらの標本はどのような経緯で東京大学に収蔵されるに至ったのであろうか。E.S.モースが1877年(明治10)に来日し大森貝塚を発掘して以来、東京大学理学部生物学科の教官や学生による発掘調査が盛んになりはじめた。そこで、政府は1882年(明治15)に太政官布達を出して、同学が教官や学生を派遣して府県庁または地権者と協議のうえ採集した遺物は、すみやかに同学に収蔵されるように処置すべきことを命じたのである(太政官布達第58号)。
このようにして収蔵された多くの遺物は、ときに学史上重要な役割を担い、ときに教材として活用された。1893年(明治26)東京帝国大学理科大学に人類学講座が設置されて以来、歴代の研究室スタッフによって整理保管がなされてきたが、1905年(明治38)に刊行された『人類学写真集:日本石器時代土偶ノ部』(東京帝国大学編纂)と1920年(大正9)の『人類学写真集:埴輪土偶之部』(東京帝国大学編纂)で一部が公表されるにとどまっていた。近年、昭和55・56年度科学研究費補助金(試験研究)「先史学資料のデータベース化」(研究代表者:赤沢 威)で体系的な標本整理がおこなわれ、また当館の特別研究整理費の補助を受けて土偶ほか土製品のデータベース化が実現した。
古墳時代の標本は、大きく(1)身体装飾品および石製品、(2)(1)以外の青銅・銅製品および鉄製品、(3)土器および土製品(埴輪類を含む)にわけられる。これらの標本台帳の整理や、登録された旧地名の現地名比定、報告文献の照合などはすでにおこなわれている。そこで、前年度から(1)を対象に、各個標本の基礎データをまとめる作業に取り組んでいる。大半の登録番号は複数の標本に一括して付けられているため、まず子番号をつけて個別管理を可能にし、大きさ、重さ、材質などについて電子情報化を進めている。このような標本は、同じ範疇のものを体系的にまとめることによって資料的価値が高まるので、最終的にはこれらの図録作成を実現したい。基礎データをまとめた図録を介して標本の公開促進がはたされ、これらの効果的な活用が十分に期待される。標本の積極的活用という点からいえば、鉄製品のなかには保存処置を施すべきものが少なくないことが判明した。馬具や武器・武具などには優品が多いだけに、早急な対策を講じる必要がある。
ここで、いくつかの標本を簡単に紹介しよう。
写真1は、滑石という比較的やわらかい石で作られた椅子形、坩形、合子形のミニチュア品である。これらは非実用品であるが、いずれもよく研磨され比較的ていねいに仕上げられている。京都府の丹後半島に所在する神明山古墳(墳長190m)からの出土とされており、大形の前方後円墳に伴う石製品のセットとして注目される。4世紀後半代のものとみてよいであろう。
写真2は、滑石で作られた剣の模造品で、一般に剣形品と呼ばれている。本例は把手部分が作り出されていないが、全体的にていねいに研磨され切っ先に至る鎬(しのぎ)が表現されている。剣形品は他の石製模造品とともに祭祀遺跡や住居跡から出土することが多く、一端が小さく穿孔されていることから垂下して使用されたと考えられる。このような石製模造品は5世紀後半〜6世紀前半に集中的にみられ、畿内政権との関わりから論じられることが多い。本例は青森県の陸奥湾沿岸地域で採集されており、現在のところ北限を示す点で注目される。
写真3は須恵質の小形陶棺で、岡山県倉敷市内から出土したものである。“陣笠”を引きのばしたような蓋部と楕円形の身部からなり、身部の底面には筒状の脚がつけられている。岡山県では7世紀前半に陶棺の爆発的な普及をみたが、これらは長さ2m足らず、幅0.6m前後、高さ1.1mほどのものがほとんどである。一方で、本例のような小形品が同県下で出土することははやくから注目されており、火葬骨を収めた容器と考えられている。仏教思想とともに火葬が普及する一方で、骨蔵容器には伝統性が色濃く現れたと言える。家形の小形陶棺が目につくなかで、本例の形態的特色は際立っている。
本館に収蔵されている古墳時代標本の大半は、遠い昔に偶然発見されたものである。したがって、「いつ」「どこで」「どのような土層から」「どのような状態で」「なにと一緒に」出土したか、といった点のほとんどを知り得ない。一方で、個々の資料標本としては、寄贈対象とされたこともあって優品が少なくない。遺物は遺存状態が良いと多角的な観察が可能であるから、場合によっては既存の型式概念を深めることもできよう。もちろん、今日的知見から標本の“一括性”を検証し、地域的枠組みのなかに正しく位置づけていくことも必要である。
標本の資料的価値を再生し、それを活用する機会を提供することは、大学博物館が果たすべき重要な役割の一つと言える。

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(本館協力研究員・城西国際大学講師/考古学)

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Ouroboros 第5号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成10年7月1日
編者:西秋良宏/発行者:林 良博/デザイン:坂村 健