数理科学実体モデル(大学院数理科学研究科蔵) |
動物学参考標本(本館動物部門蔵) |
米国の大学の多くには博物館科学と博物館学の課程が設けられている。これらは学位というよりは資格を与えるための課程というのが普通で、博物館実務一般の基礎が習得できるようにカリキュラムされている。教育の一部として特に重視されているのが実地体験であり、実習やボランティア活動が組み込まれている。その期間は数か月を超えることも少なくない。また、博物館のキュレイターとして職を得るには、当該する博物館の業務や収蔵標本に関係する(たとえば、美術、歴史、考古学、植物学、先史学などの分野の)修士号あるいは博士号を有していることが条件とされるのが普通である。ただ、それは法的に定められているわけではなく、博物館によっては柔軟に対応している場合もある。
キュレイターには、展示につながるような調査研究を実施したり、自分の専門分野に応じて講演や出版をおこなったりすることが求められる。米国では、その地位と報酬は仕事ぶりに応じて釣り合っているのが普通である。経験豊富で学術的知識を伝える才能に恵まれた人ほど収入も多いし、高い地位についている。特殊な仕事であって、しかも博物館の数が少ないという点では、他の職業に比べてキュレイターの職を得るチャンスは少ない。しかし、逆に、キュレイターは今の職を失わないために、自分の知識を磨き、その分野のトップであり続けるよう努力すべきという社会的要請が反映しているともいえる。教育・啓蒙を目的とした会議やシンポジウムの開催、公開・展示、あるいは研究用の資金をキュレイターに提供する団体はいくつもあるし、そうした機会は自らの能力を示す場ともなっているのである。
日本の博物館には、学芸員(「キュレイター」と同義語とされる)が所属しているのが普通である。国立の博物館には文部技官または教授がいる。博物館法で定義され、そうした学芸員と文部技官を擁する日本の博物館システムは、西側社会のそれとはかなり異なっており、誤解が生じる原因となっている。日本の学芸員の資格は比較的短期間の履修で得られるものであるから、単に学芸員であるというだけでは、博物館で必要とされるような分野のどれかについて相当深い学識や経験を有していることにはならない。もちろん学芸員の多くは、実務体験を通して結局はそうした経験を得るのではあるが。にもかかわらず、「キュレイター」は通常、学芸員と同じ意味に理解されているのである。米国のキュレイターが展示や貸し出しのために来日した時、その人が長期間の課程教育を受けて実務をこなした末に、特別な知識を得た人物だということを日本側の担当者が理解しないままに終わることはありがちなことである。キュレイターとは単に資格をもっている人ではないのである。
日本の博物館関係者の間でも、今日、真に専門的なスタッフを養成する必要があることが認識され始めている。日本博物館協会や日本美術館協議会、日本ミュージアム・マネージメント学会などの団体が機能するようになっているし、学芸員再教育のための学芸員専修コースが実施されてもいる。また、文化庁や文部省レベルで博物館問題が論議されるようにもなってきた。抜本的な問題、例えば、日本には多めに見積もっても6000程度しか博物館がないにもかかわらず、一年におよそ4000人もの学芸員有資格者が送りだされているという事実についても議論に上るようになってきたから、変化は加速度的に進むかも知れない。現職の学芸員自身にも自らの訓練不足を自覚する者がでていることは明かであるし、米国の博物館には常駐している補助スタッフがいないために学芸員が力量以上の任務を負わされていることの限界も露呈してきている。うまくいけば、こうした状況の変化は近い将来、抜本的な解決をもたらすのかも知れない。いずれにしても、キュレイターのような特殊な用語と任務は、単なる翻訳語で理解できるとは限らないことを知っておくのが必要であろう。
(本館元客員研究員/博物館学)
(英文和訳:西秋良宏 本館助教授/考古学)
Ouroboros 第4号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成9年5月12日
編者:西秋良宏/発行者:林 良博/デザイン:坂村 健