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大型水生動物標本の保存と管理

谷内 透


フィールド科学を指向するものにとって、標本の採集がまず一番の難問である。いつでもまたどこにでもある標本ならいざ知らず、多くの場合はその所在を明らかにすることから苦労が始まる。特に水圏の生物を対象にする研究では、生物標本の採集は容易なことではない。まず陸上と違い、目でその存在を確認することができない。おまけに生物の生息圏として、水圏は容積比で地圏の100倍にも達しようかという3次元の空間を持つ。水深数千メートルの深海に分布する生物を採集しようとなると、大型調査船や大型採集器を使用をしなければ、とうていサンプルが入手できない。また、生物の生活を明らかにするには、定期的に一定数のサンプルを採集し、様々な角度から分析しなければならない。これがまた至難の業である。自然史の研究には、途方もない地道な努力と忍耐が必要なことは言を待たないであろう。

写真1 オオジロザメ 写真3 シロワニの歯
写真1 オオジロザメ。人喰いザメのナンバーワンにランクされるサメ。鹿児島県屋久島近海で採補。本館の登録標本。
写真2 オオメジロザメ
写真2 オオメジロザメ。パプアニューギニアのセビック川から採補。農学部に保管されていた冷凍標本だが、現在所在不明。 写真3 シロワニの歯。当館には完全なシロワニ標本が登録されているほか、このように顎だけにされた標本も収蔵されている。

筆者は長年サメの研究に従事してきた。サメは小は15cmで成熟するものから、大は15mになろうかというものまで、大きさは様々であるが、一般的には1mを越すものが多い。従って、採集するのにも苦労するし、その保管となると全く心許ない限りである。幸い、博物館の前進である総合研究資料館の設立当時から比較的自由にスペースの使用を許され、貴重な標本を世界中から集め、大型水槽に保管することができた。当時はサメそのものの研究者がいないこともあり、標本の保管に関して冷淡であった日本の関係機関の中では、自慢できる収集物であった。事実、資料館時代には、少なくとも当部門の呼び物の1つとして、展示、公開講座、教養学部の全学自由研究ゼミナールなど資料館の諸行事に駆り出されたものである。それだけ、当時の資料館に自然史という観点から活発に研究を行っている研究者が少なかったということであろう。しかし、標本は己の研究の一環として収集可能であるとしても、その保管には限度があり、大事な標本を泣く泣く解体し、捨てることもしばしばあった。また、保管することはできても液浸標本が乾燥したり腐敗することもあり、大風が吹くと水槽の蓋がとばされないかとよく心配したものである。さらに残念なことは、資料館の増築時にピロティーに置かれていた大型水槽の撤去を要請され、あまたの貴重な標本を多数の学生を使い数日がかりで廃棄したことである。これは2度と入手できそうにないなと思いながら、断腸の想いで裏の松の木陰に大型のサメ標本を埋めたことは慚愧に耐えない。

筆者はまた長年にわたり、科学研究費補助金国際学術研究(海外学術研究)により、世界各地の淡水域からサメやエイの標本を集めてきた。苦労話をいえば、採集自体に困難を伴うことに加えて、その国からの標本の持ち出し、輸送にかなりのエネルギーを割かなければならなかった。その成果の一部は、資料館のNature and Culture No.3に収録され、世界の関係者から注目されている。残念ながら、資料館あるいは博物館にはもう保管のスペースはないので、標本は研究室がある廊下の片隅や冷凍庫に眠っている。保管の面倒を見る人がいないので、やがては朽ち果てるか、邪魔物として処分される可能性がある。外国から標本を見に来たり貸与を依頼されることもあることを考えて、未登録標本は保管に関心を持つ機関に移動することを現在交渉中である。早く博物館も標本の保管や管理に責任を持てるようになって欲しいものである。

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(大学院農学生命科学研究科教授/前本館水産動物部門主任)

  

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Ouroboros 第10号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成12年2月29日
編者:西秋良宏/発行者:川口昭彦/編集:東京大学総合研究博物館