写真1 MD101050 石灰岩接触部を示す標本 山口県喜和田鉱山産石灰岩接触部を示す標本で、渡辺武男(東京大学総合研究博物館の前身である総合研究資料館の初代館長)によって採集された標本。鉱物学的には左の結晶部分も右の緻密部分も共に方解石である。左側に熱源があったことがわかり、再結晶化によって結晶が大きくなっている(MDではじまる標本番号は鉱石標本をあらわす。他も同じ)。 |
写真2 MD101055 Fe-Cu鉱石 島根県都茂鉱山産の黄銅鉱・磁硫鉄鉱などの緻密集合よりなる鉱石標本。島崎英彦によって採集されたもの。円山鉱床-50mレベル。サンプリング時の書き込みが見られる。 |
写真3 MD101363 金雲母を含むドロマイト・マ−ブル 岐阜県美束(春日鉱山)の標本で、渡辺武男の採集標本。渡辺武男のオリジナルラベルがある。 |
写真4 MD101363 金雲母を含むドロマイト・マ−ブル 岐阜県美束(春日鉱山)の標本で、渡辺武男の採集標本。渡辺武男のオリジナルラベルがある。分析のために切断されたスラブも示す。 |
鉱床とは、有用な金属(又は元素)などを鉱業的に得るための資源であり、そのため特定元素がある程度濃集しているものを指すのが普通である。そこから掘り出された鉱石が、どの程度有用元素を濃集していれば採掘可能かは、対象となる元素や、その取り出し方法によって違う。また、精錬プロセスの向上によっても、以前には鉱石になり得なかったものが、鉱石になることもある。古い鉱山のズリ石(廃石)やスラグ(精錬滓)などを再度“鉱石”として利用することもある。さて、それらの有用金属や元素は、地球上に均一に分布しているわけではなく、特定の場所に局在しているのが普通である。その中でも、鉱業的に採掘対象となるものを鉱床といい、それを採掘する場所が鉱山と呼ばれているのである。鉱床は元素の濃集の仕方や鉱石の出来方によって、いくつかのタイプに分類されている。その中でもスカルン鉱床は接触交代鉱床ともいわれ、花崗岩などの熱によって元の岩石が変成され、物質の移動を伴って特定の鉱物が生成したものをいう。多くの場合、石灰岩を中心として形成されるという特徴をもつ。
鉱石をカタログ化するということにはどのような意義があるであろうか。鉱石一つをとっても、その鉱石からはいくつかの情報を引き出すことができる。鉱物そのものの情報や、鉱物が出来た時の温度や圧力の情報を見いだせる場合もある。また、元素や同位体を分析することで、鉱石の元の姿が何であるかや、どのようにスカルンが出来たかなどを推察することもできる。しかし、一つの鉱石(サンプル)から得られる情報に比べて鉱床単位のサンプル(集合)を保有することは、さらに大きな意義がある。即ち、鉱床全体の立体的な構造を見極めることができるばかりでなく、鉱床生成における元素の移動や温度の勾配などの立体的な情報から鉱床がつくられる時のダイナミックな様子を知ることができる。鉱床の生成プロセスを知ることは、鉱床を探査する場合の大きな手がかりになるばかりか、過去の地球の営みを科学的に捉えるためにも役に立つのである。
皮肉なことであるが、鉱床の全ての様子を理解することができるのは、鉱山が全て採掘され、鉱石が溶鉱炉に送られた後である。従って、鉱床形成のプロセスを記録し、鉱床学の学問の基礎となる鉱石サンプルが如何に重要かが理解できよう。鉱床学を発展させ、地球の営みを理解するためには、系統的に鉱石のサンプルを採集、記載、保存し、将来の研究に活用できるように、標本からデータベースまでの全てを整えておく必要がある。今は閉山した日本各地の鉱山をほぼ網羅している本館所蔵標本は、かけがえのないコレクションである。本館に保存されている標本は、本学の教官や学生によって系統的に採集されたものが多く、またそれに基づいて多くの研究がなされているものである。単に一個の標本ではなく、鉱山(鉱床)全体の標本(集合)をそろえていることの意義の大きさを理解いただきたい。
今回準備中のスカルン鉱石カタログでは、本邦のスカルン鉱山(鉱床)の代表的なサンプルが集録されている。標本総数4138個、鉱山数102箇所を、鉱山別に記載してある。鉱山によっては数個のサンプルから数百個のサンプルをカタログ化してある。標本番号、鉱山名、サンプリングポイント(坑名、レベル、などの位置情報)、標本名、構成鉱物、採取年、採集者などを列挙し、カタログ利用者の便宜を計ってある。また、これらのデータの台帳にあたるデータベースには、オリジナル標本番号や収蔵ケース番号等も記載され、検索等も行なうことが出来る。今回のスカルン鉱石カタログに集録することの出来なかったキュレーシュンの終わっていない標本もまだ幾つかあり、スカルン・データベースは今後も更新される予定である。
残念なことに、本邦のスカルン鉱山のほとんどは現在稼働しておらず、これらの標本と同様のものを再度採集・収蔵することは不可能な状況になりつつある。本館の岩石・鉱床部門の保有するこれらのスカルン鉱石標本は、今後ますます貴重なコレクションとなるであろう。岩石・鉱床部門には、この他にも鉱脈タイプや黒鉱タイプ等の模式的な鉱床の鉱石標本など、多くの鉱石標本を所蔵している。今後、順次カタログ化する予定である。
Ouroboros 第10号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成12年2月29日
編者:西秋良宏/発行者:川口昭彦/編集:東京大学総合研究博物館