デジタルデータは情報損失のない完全コピーが可能である。情報を記録する媒体自体は光ディスクにしろ磁気ディスクにしろ、いずれは失われる。しかし、情報自体はコピーにより媒体を定期的に乗り継ぐことで、理論的には永遠の保存が可能となる。 このように保存という目的において優れているデジタルアーカイブであるが、その利用についてもデジタルテクノロジーを活かした多くの利点が発揮できる。デジタル技術の結晶であるコンピュータを使うことにより、情報を素早く検索したり、伝送したり、必要なら加工することができる。インターネットをみてもわかるように、一旦デジタル化された情報は全世界に自由に伝送することができ、利用者側では許可があればオリジナルのままの情報を利用することが可能である。もちろん、この情報は写真をデジタル化したものだけにとどまらない。文章はもちろん、3次元情報、化学式や各種データ、音や動画なども扱うことができる。そして、これらの情報を整理したり、互いに関連づけて引きだしたりすることが可能となる。
情報を得るだけですむ場合には、実物資料を持ち出さなくてもすむようになる。これは、資料の劣化を防ぐためには重要であり、それにもデジタル化は寄与する。つまり、資料をデジタル化するということは、実物資料の有効利用を促進することでもあり、同時に実物利用の必要を減少することで実物資料を守ることにもつながるのである。 このような認識の上に立ち、博物館でデジタル技術をいかに活用してくか、デジタル技術をよりよく利用するには、どのようにデジタル化をし、分類整理していくのかを検討してくことが重要である。そのために博物館をどう捉えるかというモデル化が問題になる。
このようにモデル化した場合、本質的に重要なのはその資料の持つ情報であると考えられる。その場合、実物の資料はその情報を保持する一次媒体と見ることができる。
重要なのは情報を利用すること。資料は一次媒体、博物館とはその一次媒体を保存し、そこから情報を読み出して、多くの人が利用できるようにする装置。ユーザは直接訪れるか、ネットワーク経由で訪れる(アクセスする)などして、その情報を利用する。そのような考え方の延長線上に、デジタルアーカイブというコンセプトがある。
情報システムとしてのデジタルアーカイブというのは、その一次媒体(実物資料)からデジタル化機能を通し入力を受け取り、それを蓄積・保存し利用させるデータベースである。ここで、デジタル化機能はイメージスキャナや三次元デジタイザなど、実物から情報を読み出す各種の入力デバイスよりなる。
この考え方を博物館機能の全体に広げる場合、すべてのモジュールについて、その入力と出力を考えることが重要である。その入力と出力の間で行われるのが各モジュールの処理である。このような考え方が情報科学では基本であり、すべてのモジュールはその入出力関係により相互に結ばれ一つのシステムを形成する。つまり、個々のモジュールについて・どこからの入力か・入力情報は何か(内容およびフォーマット)・そのモジュールでどのような処理を行うか・出力情報は何か(内容およびフォーマット)・どこへ出力するかを押さえることで、そのシステムを決定することができる。このような考え方で博物館の機能を情報装置としてモデル化したのが以下の図である。
構成図 |
WWW(World Wide Web)はインターネット利用を爆発的に広げる重要なアイデアであった。ネットワークで接続された世界中のコンピュータにある情報をどこからでも見ることができるということと共に、関連情報や詳しい情報をクリック一つで呼び出せる手軽さが広まった大きな理由である。これは専門的にはハイパーテキストと呼ばれる構造であり、ちなみに東京大学坂村研究室で仕様開発を行ったBTRONではこれをオペレーティングシステムの中の情報管理機構として組み込んでいる。ハイパーテキストは最初文章の階層構造化として登場したが、参照した先が画像であったり、音であることも可能であり、これらマルチメディアに汎用化した用語としてハイパーメディアという言葉が使われる。
デジタルミュージアムでは、このハイパーメディアのリンクに実物資料を加え、実物資料から情報にリンクしたり、情報から実物資料にリンクしたりできるという、より進んだハイパーエンバイロンメントとでもいうべき構成を取る。従来の展示では「物」の資料に「物」のパネルで解説がつけられ、利用者はそれを読み取ることしかできず、さらに詳しい情報や不明点の解説は運良く専門家がそばにいて聞くことができなければ、わからないままであった。ハイパーエンバイロンメント化されたデジタルミュージアムでは、実物資料から利用者の望む情報をどんどん引き出していくことができるし、逆にその情報から関連する別の実物資料へ誘導されることもある。このような機能は一般利用者だけでなく研究者にも有意義であることは論を待たない。
これに対して、コンピュータと情報の世界では、個々人に個別対応することは大きなオーバーヘッドとはならない。来館者が最初にPDMA(Personal Digital Museum Assitant)に各自の特性情報を打ち込めば、あとはそれに合わせたテキストを表示するようにできる。必要なら拡大表示などすればいいし、さらに全く目の見えない人には音声読み上げもできる。
さらに、展示の方で来館者を積極的に見分けて個別に反応するというパーソナライズも現在研究している。例えば離れた展示がネットワークで結ばれていれば、来館者を同定し、どの順番で展示を見ているかふまえて解説を変えるといったこともできる。この機能を利用し、展示Aで入力した情報を展示Bで利用するなど、展示間の有機的な連係を取ることができる。つまりミュージアムの展示が見学者を認識して、原理的には個々人に応じて異なった対応をすることも出来るのである。
このようなシステムを応用すれば、従来のガラスの箱の中を覗く形式を主体とした展示から、パノラマ風に自由に展示物をならべ(レプリカを利用する必要もあるかもしれないが)、そこを自由に歩き回り、気の向くままにPDMAで説明をみていくというようなユニークな展示も可能である。
また、構成図にあるパーソナライズ・データベースにより、来館者が帰った後も来館者を博物館が記憶しているので、同じ来館者が再度訪れたときにも、このパーソナライズ・データベースの記憶を使って、PDMAの特性を自動セットしたり、前回の来館時の行動をベースによりよい見方をサゼッションするといったこともできるようになる。
来館者とのインタラクションは、パーソナライズ・データベースと別に、FAQデータベースに質問と回答のパターンとして蓄積される。これにより、よく来館者がいだく疑問を把握し展示に反映したり出来る。また、FAQデータベースを定期的にメンテナンスすることで、来館者がよくいだく疑問についてはエキスパートシステム的に適度な質問を行うことで疑問を特定し、FAQデータベースの回答を自動提示するような、来館者サポートシステムが構築できる。
また、一般のWWW技術によるWebページベースの情報提供以外に、MUDにより三次元仮想環境で、実際の博物館を訪れるようにして、空間中に配置された各種の資料を見て歩くことも可能になっている。
さらに、構成図にあるように、FAQデータベースで処理できない質問には博物館協力メンバーの専門家が回答を作るなどといった、人手による対応もシステムに組み込むことが考えられる。
また、パーソナライズ・データベースやネットワーク接続した博物館の間で共用できれば、来館者が他の博物館の資料を見ていることを前提に説明を変えたりできる。FAQデータベースの情報を共用できれば、より多様な疑問に対応する定形的説明が用意できる。
さらに、MUDの仮想空間を仮想接続し、ある博物館の中を歩いていてドアをくぐると、別の博物館の仮想空間に入るようにできれば、世界の博物館のデジタルアーカイブすべてからなる究極の博物館が、ネットワークの中に構築できる。これが分散ミュージアム構想である。
流通分野の POS(Point of Sales)の考え方は、情報は発生した現場で入力した方がいいというものであるが、将来的には同様のコンセプトが学術資料の分野にも導入されるであろう。例えば、土器破片は現在でも発掘現場で見つかるごとに、帳面に登録しているが、ここに三次元デジタイザ等の入力機器を持ち込み、破片単位でデジタル化すれば、データベース化がその場で完了するととともに、復元作業も仮想空間中でコンピュータの支援を受けて行えるなどのメリットがある。また、仮想的に組み立てられた復元土器は、ネットワークを通して、博物館のデジタルアーカイブに破片単位の発掘情報まで持った状態で、そのまま収納することができるのである。
資料をデジタルアーカイブするということは、その資料の情報が定式化されてコンピュータに納められるということである。それは、単なる名前や資料番号程度でない豊富な情報をもとに検索できなければならない。さらに、ネットワーク接続された複数の博物館のデータベースを統合して、まるで一つのデータベースのように検索を行うには、きちんとデータ構造を決め、それぞれの項目の意味も定義され、コンピュータが理解し処理できるものにしなければならない。
これは、一般には分散データベースの問題であるが、分散ミュージアムに関して言えば、より難しい問題をはらんでいる。一般の企業で分散データベースを構築した場合、問題はある項目の更新が別のデータベースでは更新後に見えて他では更新前に見えたり、更新中にその内容を他のデータベースが使用しようとしたりといった利用時の問題が主である。これに対し、博物館における分散データベースの問題は、分散した組織でジャンルも多様なら分類者も色々という状態で、多種多様な実物資料の属性をどのように一般化するかという、データベース構築にかかわる問題となる。
そこで重要なことは、資料のデジタル化をしたときにどのように表現をするのかについて、きちんと取り決めをしておくことである。文字以外にも3次元データや、素材、分類名、化学組成、地図情報等々、博物館で扱う情報には多様なものが含まれており、これがうまく流通できるような規約を明確化することが必要である。これは、正に博物館情報インフラストラクチャ(MII : Museum Information Infrastracture)というべきものであり、今後のデジタルミュージアムの展開の根幹をなすものとなろう。
このために、我々は博物館TADという、博物館用の属性記述データフォーマットを開発することとした。これは、柔軟な属性定義構造を持った記述体系で、多くの組織、多くの人が分散して、多様な実物資料をデジタル化していき、なおかつその努力が最終的に統合的な「知」の集成となることを可能にする枠組みである。
このような技術により、東京大学総合研究博物館だけではなく、全国さらには全世界の博物館や研究所などが高速ネットワークで有機的にリンクされれば、世界の貴重な「本物」と「情報」が相互にリンクした巨大な「知」のネットワークができると考えている。
「デジタルミュージアム2000」 | |
会期 | =2000年3月1日(水)〜4月28日(金) |
会場 | =東京大学総合研究博物館1階展示ホール |
開館時間 | =午前10時〜午後5時(入館は4時30分まで) |
休館日 | =月曜日休館、ただし3月20日開館、翌21日は閉館 |
入場料 | =無料 |
主催 | =東京大学総合研究博物館 |
特別協力 | =国立歴史民俗博物館 |
お問合せ | =03-5841-8452(テレフォンサービス) |
同時開催「縄文の記憶 —デジタルミュージアム共同実験—」 | |
主催= | 東京大学総合研究博物館/国立歴史民俗博物館 |
Ouroboros 第10号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成12年2月29日
編者:西秋良宏/発行者:川口昭彦/編集:東京大学総合研究博物館