そして最後で最大の第5室に移る。ここでは里帰りしたシーボルトコレクションを展示の中心として、彼の偉業が後の学術や文化に与えた影響や今後の展望についてふれているが、展示の主役である押し葉標本についても、当展覧会のためにライデン大学から借り受けた新着コレクションを新しい試みとして机の天板を活用したショウケースにより、下を向きながら落ち着いて見られるようにした。一方、2000年に同大学から寄贈され当大学のコレクションとなったシーボルトの押し葉標本は、壁に掲示し、美術館の絵画のように立った状態の目線で鑑賞できるコーナーを設置した。その他、シーボルトが持ち帰った花の品種を紹介する映像インスタレーションなど手法についてもバラエティに富んだ展開を心がけた。このようにゾーンやコーナーによって観覧の形態を変え、飽きずに展示と対話できるしかけを企てたのである。
公開直後、ボランティアの方から「今回の展示は見ていて疲れませんね。」という言葉を頂いた。植物標本の展示に際し、押し葉、押し花とはいえ「花」は花であり、これを何とか美しくかわいらしく見せられないかと考え、標本展示の環境は真っ白い世界を演出した。そのやさしい雰囲気が癒しの要素を待ったのかも知れない。でも、これはもしかしたら展示の見せ方として単調を避けようと試みた方法が観覧者との接し方にメリハリを与えた結果なのでは、という気持ちをおこさせてくれるうれしい言葉であった。
展示におけるバリアフリー
展示のバリアフリーの必要性が叫ばれ始めてから久しい。特に地方自治体などが設置する公共施設は車椅子の利用者の目線に配慮したビジュアル計画や、視覚障害者への対応などが半ば必須条件にもなってきている。
当館の展示は大学博物館の主旨として論文を介さない研究成果の発表の場であるという意味合いが強い、むしろこれが目的の主軸をなすため、おのずとターゲットが絞られているのが特徴ではなかろうか。私自身ここでの展示作業に関わり始めて以来、公共施設が配慮するガイドラインのようなものはあまり強く意識してはいなかったかも知れない。今回の展覧会も今まで述べてきたような実験展示のほうに多くの意識がいっていたようである。しかしながら先日、先程と同様来場者からの生の声をボランティアの方を通して私に伝えられた。それは車椅子で来られた方からのメッセージだった。内容としては次のようなものであった。
「全体に机の高さが低くて、車椅子からも良く見えてよかった。次回の展示からは更に車椅子入館者のことを考慮して下さい。」
この内容を聞いて非常にうれしかった反面、そこまで意識していたかなという反省の気持ちも芽生えた。今まで公共施設を多く手がけてきたため、無意識ながらある程度対応できていたのかもしれないが、おそらくこれも前述の目線の使い方のバラエティ、特に通常の展示ではあまり使わない、見下げて落ち着いてみせる手法が効を奏したのではないかと考える。今後は大学博物館としてもバリアフリーの意識の必要性を改めて感じた。
当展示は自分にとって実験展示として反省点や納得のいかない点は多々あるが、今までのべてきたような観点としては多少なりとも成果があげられたのではないかと思う。と同時に、実験の狙いを定めその効果を検証できるのは大学博物館ならではの強みを感じている。
今後も展示を通し、ミュージアムテクノロジーの観点から絶えず新しい試みをしていきたいと考えている。
(本館客員助教授/
ミュージアムテクノロジー研究部門)
Ouroboros 第23号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成16年1月15日
編集人:高槻成紀/発行人:高橋 進/発行所:東京大学総合研究博物館