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公開講座から

未知との遭遇はつづく——続々と発見される人類化石

諏訪 元


アウストラロピテクス化石の第一号は南アフリカで出土したタウングの頭蓋骨、1924年に発見された。その70年ほどの後になって、アウストラロピテクスの類とは相当異なる人類祖先が発見された。我々はこの化石種をアルディピテクス・ラミダスと命名した。

その後、ラミダス猿人の全身にわたる化石骨が発見され、これらに関する研究は目下、筆者をも含む7人の国際チームで進めている。アルディピテクスは、全身レベルでアウストラロピテクスとどこがどのように違っていたのか、人類の初源期について何を示唆するのか、極めて重要な情報を提供しているが、化石の保存状態などから、また、

図1 人類化石の発見小史。新種の人類化石の発表年表と、化石種の地質年代。
類人猿などの比較データを新たな視点から整備する必要から、現在も比較調査が進行中である。

 いずれにせよ、アルディピテクスの発見は50年に一回、もしくは100年に一回とまで言ってもよいかもしれない重大発見であろう、とひそかに私は思っていた。ただし、当事者の一人であるため、自身でそのようなことを言っても説得力に欠けるだろう。ところが驚くなかれ、ここ2年余りで600万年前級の人類化石が次々と発見された。

ケニアで発見されたオローリンには大腿骨があり、チャドで発見されたサヘラントロプスは、若干変形はしているものの、頭骨が丸ごと出土したのである。

特に後者の発見は、科学誌ネイチャーによっても、タウング以来の世紀の発見として昨年の7月に取り扱われた。一方、アルディピテクスについても600万年前近くまでさかのぼる化石が発見されている。いよいよ三者の研究の進展が期待され、初源期の人類像が相当なレベルで語られる日もそう遠くないであろう。

 ラミダスが発見された1990年代はまさに人類化石の発見ラッシュ期であり、幸いにもこれが2000年代にも継続している。1990年代には、ラミダスのほか、アウストラロピテクスの新種のアナメンシスやガルヒが発表された。また、それまでは初期人類が知られていなかった地域、チャドやマラウィからもアウストラロピテクス類が発見され、地理的広がりが示された。

350万年前のケニアの地層からは、一見アファレンシス(有名な「ルーシー」を含む種)とは異なるとされる頭骨が発見され、ケニアントロプスとして、属レベルでアファレンシスとは別の系統として発表された。また1990年代末以来、西アジアのグルジアからは原始的な様相を呈したホモ・エレクトスの頭骨複数が発見され、ホモ属の起源と進化を考える上でユーラシア大陸の記録の重要性が改めて認識されることとなった。アフリカ一辺倒の傾向があったとしたら、もう反省が促されるところである。ヨーロッパでも100万年前近くまでさかのぼる原人的な化石が1990年代中ごろに、スペインとイタリアで、初めて発見された。最も密な調査歴を誇るヨーロッパにおいても、まだまだ未知との遭遇は続いているのである。

図2 次々と発表される新発見。
 野外調査に携わった者ならば大方同感であろうが、よくも次から次へと重要発見がつづくものである。多くの場合、調査を遂行すること自体に多面的な難しさがある(現地研究者らの支援・育成や共同研究体制の構築、現地の行政との適切な連携、物資・設備の制約、民族・国家間の複雑な社会情勢の中での調査の実施など)。またいざ調査を行ったからといって、注目される人類化石に恵まれるとは当然限らない。

実際のところは、動物相全体の進化・変遷、古環境の変遷、地球科学的な種々の興味など人類化石には依存しない研究目的があるため、人類化石そのものの出土に必ずしもこだわる必要はない。

しかし調査者側は、そうした発見に恵まれたいと思うのが常々であろう。だが、たとえ第一級の化石産出地で調査しても、広大な調査地をいくら精査し続けても、まれな人類化石など先ずはかけらすら見つからない。

大発見にこだわるならば、失望的な気持ちにならざるを得ない調査の日々が延々と続くのである。ほんとうに良くもまあ、大発見が相続くものである。各調査隊の皆様の熱意と根気と能力に脱帽である。

ラミダス関係では、米国のT. ホワイト、エチオピアのB. アスファオ、Y. ハイリセラシらの調査体制と能力には目を見張るものがある。ラミダスを産出したミドルアワッシュの野外調査は1990年からほぼ毎年継続中だが、私はその中の初期を中心に2割程度の参加貢献だろうか。

 さて、かつて1960から1970年代にも初期人類化石の発見ラッシュがあった。得られた豊富なアウストラロピテクス類の化石に基づき、当時「400万年の人類史」の大枠が構築されたのである。しかし、様々な見解が議論される中、1990年代初頭になって初めて、十分な篩い分けを経、それなりに整理された形の人類進化史の概要が提示されるようになった。発見ラッシュに突入した1960年代初頭から考えると、約30年後のことである。

 現在進行中の発見ラッシュはいかに発表され、報道されているか。これらの当初見解には様々な大胆なものが含まれ、妥当なデータを必ずしも伴わない勇み足的な見解も見うけられる。かつての発見・研究史から見て、大方妥当な範囲内の見解に落ち着くまでには、あと20年ぐらいはかかるのだろうか。それに先立って、これらの発見の実態などについて、筆者が思うところを今回の公開講座を通して一部紹介したい。同様な視点からの紹介を分子や先史からの立場でも各講師が担当する。また、筆者のこのような論考は地学雑誌2002年12月の人類進化と古環境に関する特集号でも述べている。

 

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(本館助教授/形態人類学)

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Ouroboros 第20号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成15年2月14日
編集人:西秋良宏/発行人:高橋 進/発行所:東京大学総合研究博物館