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小石川分館開館1周年記念

「MICROCOSMOGRAPHIA—マーク・ダイオンの『驚異の部屋』」展

湯浅 万紀子


開館1年が過ぎた総合研究博物館小石川分館に今、不思議な8つの空間が立ち現れている。「MICROCOSMOGRAPHIA マーク・ダイオンの『驚異の部屋』」展を構成するこれらの空間には、水圏、地上圏、地下圏、気圏、人間圏、理性と規矩、大きいもの、小さいものという名が与えられ、それぞれに東京大学の学術標本や廃棄物が並んでいる。マーク・ダイオン氏は、フィールドからハンティングした自然物や人工物を独自の視点で意味付けして博物館の意味を問い直しているアメリカの現代美術家である。

 ダイオン氏と東京大学のコラボレーションの成果であるこの展覧会を紹介するには、開催までのプロセスを語らねばならない。同展は、2001年度に総合研究博物館で開催された「眞贋のはざま」展と同様、西野嘉章教授の「博物館工学」ゼミの学生がスタッフとして参加している。参加学生は、学部生と、社会人を含む大学院生で二十数名。考古学、日本語日本文学、日本史学、美術史学、文化資源学、倫理学と学内の所属も様々で、他大学の医学部生も参加した。筆者はこの3年間、ゼミ学生としてこの2つの展覧会に関与し、講義や発表、ディスカッションからなる一般的な授業では得られない体験を重ねてきた。以下に、ダイオン・プロジェクトと名付けられた今回の取り組みを紹介しよう。

 ダイオン氏と学生の出会いは2002年9月。初会合では、学内の収蔵物の一部を既に見ていたダイオン氏から、学術標本だけでなく廃棄物も探索し、モノを見つめ直して展示し、8テーマの部屋(小博物館)を創造しようとのプロジェクトの構想が語られた。文系・理系という垣根を越え、現代の博物館の枠組を外そうとするダイオン氏の語りは、近世ヨーロッパの王侯貴族や学者が動植物標本や民俗資料、機器類を蒐集し展示した「驚異の部屋」(Wunderkammer)をイメージさせた。同時に、既成概念に囚われずに自由にモノを見ることの面白さを実感させられた「眞贋のはざま」展に向けてのゼミの空気に極めて近いものが感じられた。

 学生はダイオン氏の提示した8テーマに自由な視点からアプローチすることになった。学生の提案によりポラロイド・カメラが十数台用意された。このカメラを片手に学生は学内を探索し、注目すべきモノを撮影し、撮影場所とサイズ、撮影者コメントを加え、ダイオン氏に提示するという段取りが決められた。

小石川分館開館1周年記念特別展
「MICROCOSMOGRAPHIA—マーク・ダイオンの『驚異の部屋』」
主催:東京大学総合研究博物館・朝日新聞社
後援:アメリカ大使館
協賛:フィリップモリス株式会社 Philip Moris K.K.
開催期間:2002年12月7日(土)〜2003年3月2日(日)
会場:東京大学総合研究博物館・小石川分館
開館時間:午前10時〜午後5時(入館は4時30分まで)
休館日:月曜日(ただし1月13日をのぞく)および12月25日〜1月5日、1月14日
入場料:無料
 初会合後の約1ヶ月間に、収蔵庫や研究室を関係者に案内していただき、廃棄物置き場を含めて広いキャンパスを探検した。その場所の多くは、今回の企画がなければおそらく訪れることはなかったに違いない。探索していく内に、学生は皆、大事な自分だけの宝物を集めていた幼い頃の感覚を甦らせ、コレクションという行為の魅力に引き込まれていることを実感した。

学生が撮影したのは、貴重な動植物や鉱物の標本類や、明治時代から教室で使われていた調度類、捨てられていた風力発電の模型、孔の開けられたブロック、ダイナマイトの入っていた木箱、トランクに収まった測定機器類、フラスコが連なった実験装置、錆びついた船の模型、大きな瞳が1つ描かれたランプなど、その数は1000件にも上った。

 11月上旬に再来日したダイオン氏は、撮影された膨大な数のモノから展示物を選定した。ダイオン氏の視点で見直され、8テーマの小博物館に展示されることで、モノに新たな意味が与えられる。探索することでモノを見つめ直してきた学生は、ダイオン氏が選定し分類した写真を見ながら、探索中のエピソードを伝え、具体的な展示プランについて自由に意見を述べた。例えば学生からの提案で、会場で流す音を学内外からサンプリングすることも決定した。

 博物館のイヴニング・セミナーではダイオン氏がこれまで世界各地で行ってきたインスタレーションを多数のスライドで紹介しながら語った。120年以上の歴史を持つ東京大学の学術標本と廃棄物は、どのように展示されるのか。展覧会への期待は更に高まった。

巨人症の手のレントゲン写真 昭和前期 理学部旧蔵突然変異症例写真コレクションより(写真は全て上野則宏氏撮影)
 次に展示物を学内各所から集める作業である。学生で対応できるモノは台車を借りるなど協力して、博物館本館資料室に搬入した。注意すべきは、収蔵庫や研究室から拝借する標本はもちろん、廃棄物置き場にあるモノも全て、決して埃を払わずに集めること。使用されなくなったモノ、忘れ去られたモノが辿った時間をそのまま展覧会に持ち込むことが今回の重要な視点である。埃にまみれた数百点の多種多様なモノが集められた資料室の様子は、21世紀の「驚異の部屋」の誕生が間近なことを確信させた。

 11月下旬、ダイオン氏の展示作業がスタートした。創造の瞬間は見逃せない。学生は、彼の仕事を見守り、時には指示を受けて壁に恐竜の絵をペイントしたり、数十枚の写真を貼ったり、壁紙に数式や文字を書き込むなどの作業を手伝いながら、展覧会が創り上げられていく空気を存分に味わった。

 今回のプロジェクトに参加したことで得られた収穫は、現代美術家とコラボレーションができたこと、さらには、展覧会をサポートする様々な立場のスタッフの緊張感あふれる仕事を間近に見たことである。企画、工程管理、展示設営、ポスターやチラシ、図録の制作、広報に携わるスタッフのこだわりと熱意から、学生は大きな刺激を受けた。

 こうして創造された8テーマの小部屋では、埃をかぶったモノ1つ1つが新たな文脈に置かれて来館者に語りかけてくるようだ。ダイオン氏はモノを丹念にゆっくり見てほしいと語った。現在の学問の現場では忘れ去られ不要となった学術資料や廃棄物がどのように再評価され、MICROCOSMOGRAPHIAを構成しているか、ぜひ多くの方にご覧いただきたい。

ダイオン氏と対話を重ねながら学内探索した学生と異なり、いきなり展示物に向き合う来館者は、これが標本展示であるのか、現代美術であるのか戸惑われるかもしれない。その戸惑いこそがこの企画の狙いである。会期中、学生は博物館ボランティアと共に展示解説を担当している。モノを前にしての来館者との会話を楽しみ、そして来館者へのアンケートやインタヴューを分析しながら、このプロジェクトに参加した意味を考えていきたい。

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(人文社会系研究科文化資源学研究専攻・博士課程1年)

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Ouroboros 第20号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成15年2月14日
編集人:西秋良宏/発行人:高橋 進/発行所:東京大学総合研究博物館