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シリアの先史時代遺跡、テル・コサック・シャマリ

西秋 良宏


土器制作工房
土器制作工房の一つ
 
中近東には、アラビア語でテル(tell)と呼ばれる独特な遺跡がある。この地域の住居は一般に日乾煉瓦や泥壁でできているため、それが廃屋となったり建て替えのために壊されたりした際には、建材が崩れ落ちて泥が堆積する。次の住人は、そこを整地して、その上に再び泥で建物を建てる。これを長期にわたって繰り返すと、古墳のような丘ができる。それをテルというのである。要するに、テルとは人々が同じ場所に住み続けた結果できた人工の丘のことをいう。現在も人が住んでいることも少なくない。各時代の生活様式を一箇所に重ねて残した考古学者用タイムカプセルだともいえる。

数千年間にわたって居住されたテルには、面積が数十ヘクタール、高さが40〜50mに達するものもある。なぜ、そんなに長期にわたって人々が同じところに住んだのか。大きな理由の一つは、水場の確保であろう。中近東のような乾燥地では水の得られるところが限られているから、同じ水源が長期にわたって利用されるのである。また、テル居住には洪水をさけうるという利点もある。聖書の洪水伝説にもあるように、初期農耕民が居住地に選んだ平野部は雨季に水没することがしばしばあるからである。

東京大学では1950年代から古代オリエント地域の考古学調査を続けているが、1994年以降、総合研究博物館考古美術部門(部門主任・松谷敏雄本学東洋文化研究所教授)を中心としてシリアのコサック・シャマリというテル型遺跡の発掘をおこなっている(写真)。遺跡は大河ユーフラテスの左岸、シリア・トルコ国境の南約40kmの地にある。現在、シリア政府はユーフラテス川にダムを建設中であり、この遺跡は数年内に人造湖に水没する予定になっている。したがって、本部門の発掘調査は学術的であると同時に、中近東の古文化財救済事業という側面も持ち合わせている。

テル・コサック・シャマリは直径が約80m、高さ9m前後の比較的小さなテルであるが、発掘の結果、ここには紀元前5500年くらいから3000年くらいまで人々が住み着いていたことがわかった。文字が用いられていない先史時代の集落なのである。居住の中心は、いわゆるメソポタミアに最古の都市文明が生まれる直前の時代に相当する。したがって、原始的な農耕村落、農耕社会が発展し、複雑化していく過程を調べるのに格好のデータが得られつつある。

遺跡
テル・コサック・シャマリ遺跡を南から見る
 
建物の保存状態は良好で、日乾煉瓦作りの部屋が何層にも重なって見つかった。なかでも興味をひいたのは、ウバイド期(前4500〜3500年頃)の土器工房である。写真に示した部屋は、一辺が1m〜1.5mくらいしかない小さなものだが床面には土器片や製陶具が散乱していた。中央に径40cmくらいの平らな石があり、その周囲に、石杵、石製削り具、彩文用パレット、絵の具かき混ぜ棒、山羊の角など土器製作用と考えられる道具類が一式、見つかった。この部屋が興味深いのは、その床の真下からも、さらにその下からも全く同じ組み合わせの道具類が見つかったことである。すなわち、数度にわたる家の建て替え、床の張り替えにもかかわらず、この部屋の用途は一貫して土器作りだったということである。生産規模や道具立てからみて、おそらく、この時期の土器作りは家族単位の自給自足ではなく、既にある程度、専門分化した職人業だったと推測される。

出土した大量の土器片、石器、骨器、図面・写真等調査記録の整理は、本館考古美術部門ですすめられている。土器工芸という技術やその商業性、職人の社会的位置などが古代文明出現前夜にどう変化したかを調べるべく、詳細な研究が進行中である。

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(本館専任助教授/考古学)

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Ouroboros 創刊第1号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成8年9月9日
発行者:林 良博/デザイン:坂村 健