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Ouroboros発刊にあたって

林 良博


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本年の5月11日、総合研究資料館が総合研究博物館に改組され、日本で初めての大学博物館が誕生しました。資料館が東京大学に設置されたのは1966年のことですから、本年は30周年にあたります。総合研究資料館は、正式な日本語名称は資料館でありながら、設立当初から英名としてUniversity Museumを当ててきました。この英名にこめられた大学博物館への発展的改組の願いが、本館に係わってこられた多くの大学人の粘り強い活動によって達成されたのです。私たちは、こうした先人たちの努力に感謝するとともに、大学博物館誕生の喜びを共に分かち会いたいと思います。

本館は大学博物館に改組されましたが、資料館時代の優れた活動である学術資料の収集、整理、保存を放棄するものではありません。東京大学には400万点を超える学術資料が保存されていますが、これらは東京大学創立以来120年にわたる研究・教育を通して収集、整理、保存されたものであり、その成果を基礎にして今日の大学博物館があることを忘れることはできません。とすれば、120年後の大学人のために私たちは今後も優れた学術資料の収集、整理、保存の努力を継続する必要があるでしょう。

しかし大学博物館は資料館とは大きく異なります。大学博物館は、単に研究・教育のための学術資料の収集、整理、保存を行う施設ではなく、新たな「知」を創生・創出する中核的な「場」になろうとしているです。

この新たな「知」とは何でしょうか。20世紀は学問の飛躍的発展によって無数の分野、領域を創生した世紀といえるでしょう。実際に、資料館にも地質学、人類学、動物学、植物学など17の部門を擁するまでに発展してきました。このような学問の専門分化は、その先鋭的な深化を達成するための必然的な帰結でした。しかしその代償として、私たちは学問の全体像を見失っているのではないかとの危惧を抱きつつあります。さらにそれぞれの専門分野があまりにも先鋭化したために、協調性よりも排他性の弊害が問題視されるようになってきました。

大学博物館において新たな「知」を創生するというのは、新たな「専門分野」を付け加えるということではありません。それは既存の学問領域、分野がその内的発展として行う作業でありましょう。大学博物館に課せられた役割は、既存の学問体系に捉われずに、むしろそれらを超域的に融合する横断的な「知」の創生なのです。

東京大学における第三の極である「柏キャンパス」もまた、学際的な知を創生する場として構想されています。しかし「柏キャンパス」と大学博物館は、超域的な「知」を創生するという点において目的を同じくしていますが、目的達成の戦略においてまったく異なっています。大学博物館は学術資料の宝庫です。これらの膨大な「モノ」を通して超域的な「知」を再構築しようとするのが大学博物館なのです。

また大学博物館は、大学と社会を直結させる媒介装置の役割を積極的に担おうとしています。東京大学は120年の間、その研究・教育の成果を社会に還元してこなかったわけではありません。学会活動や研究論文の発表、民間企業との共同研究、公開講座、そしてなによりも多数の学部・大学院学生の社会への輩出。大学は地味ながらも社会に対して種々の方法でその成果を還元してきました。 しかしいま大学に求められている社会への開放は、より直接的、継続的、全面的なものでしょう。大学博物館は、その豊富な学術資料「モノ」を武器に、社会に向けて開かれた大学の玄関・応接室になりうる施設だと確信しています。特別展示、実験展示、公開講座などを通して、未来をになう子供たちから第二の人生を生きようとする高齢者たちまで、多様な人々を大学に迎える施設として、大学博物館ほど適した場はありません。大学博物館は、社会に開かれていると同様に、大学人に対して開かれていなければなりません。大学人にとって大学博物館は、憩いの場であり、そこで新たな「知の源」を獲得する場になるでしょう。

本年から活動を開始する「電視博物館」は、従来の学術資料の保存・公開の様式を大きく変える可能性があります。大学に収蔵されている学術資料を基に画像データベースを設計・構築し、マルチメディア情報網を介して世界の博物館と一体化することも、在宅で学術資料に接することも可能になるでしょう。さらにこれまで想像もできなかったような新しい学術資料の利用の形態が創生されるかもしれません。大学博物館は大胆な知的冒険の場です。「電視博物館」が大学博物館を変質させるかもしれないと危惧する人がいるかもしれませんが、大学が真理の探究の場であるかぎり、何一つ恐れることはないのです。

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(本館館長)

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Ouroboros 創刊第1号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成8年9月9日
発行者:林 良博/デザイン:坂村 健