生命科学の基礎—日本の生物科学の歩み
世界最大の蝶 メガネトリバネアゲハ(雌) |
一方、植物は食物としてのみならず薬草としても古くから観察されてきた。今回、展示されている「大和本草」や「本草綱目啓蒙」1巻〜48巻(1829年)は日本のその当時の植物学の総まとめであり、今日の日本の植物学の源流となっている。東京帝国大学理学部、植物学教室で学び、後に東京帝国大学農科大学の教授となった白井光太郎(文久3年生まれ、明治19年東京帝大卒)は植物病理学と本草学の大家でもあった。そして平瀬作五郎とともにイチョウとソテツの精子を世界で最初に発見をした。東京帝国大学植物学教室を明治23年に卒業し、後で東京帝国大学農学部教授となった池野成一郎は植物形態学と遺伝学の基礎をつくった。この植物形態学と遺伝学は後に藤井健次郎(東京帝国大学理学部植物学、明治25年卒)に受け継がれ、理学部に植物形態学、遺伝学を設立することになる。
小野蘭山著、「本草綱目啓蒙」 |
一方、東京大学理学部動物学教室ではE・S・モ−ス(1877〜1879年)とC・O・ウィットマン(1879〜1881)が教授となられた。そして箕作佳吉が日本人として初めて動物学教室の教授となった(1882〜1909)。今回の展示品の中にはモースに関する「Morse 別刷集」や「Japan Day by Day」、モース・スクラップブック2冊、モ−ス自筆のスケッチが展示される。また箕作佳吉先生については箕作先生実験ノート(原本)などが展示される。
一方、このような人たちによって、日本にも新しい生物学の学問をする仲間が集まるようになり、「東京大学生物学会記録帳」(明治11年10月20日〜明治12年6月8日)があるが、これこそが、その後の日本動物学会および日本植物学会の創立に直接つながるものである。
毛利梅園著、「梅園禽譜 写生斎梅園禽譜 巻一」 |
植物科学の分野では「光る植物」としてウィルスに光る遺伝子を組み込んでみる。また植物にできる腫瘍(がん)についても触れてみる。その1つはある細菌が感染してクラウンゴールとよばれるコブを試験管の中で培養することができる。これによって植物細胞の増殖と分化に関係する因子や遺伝子の解析が可能になってくるのである。また動物では1個体の中に異なった遺伝子をもつキメラアホロートルを展示する。キメラガエルやキメラマウスもよく知られているが、このように1個体の中で色の異なる(遺伝的に異なる)ものも統一のある形づくりをするのである。
また動物の卵から親への形づくりについても最近、少しずつわかってきた。今回は試験管内にある特定の分子を作用させることによって、未分化細胞に様々な器官をつくることが可能になったり、双頭の幼生をつくったりすることができるようになり、“発生のメカニズム”も分子の言葉でどこまで理解が可能になったかについても展示する。ここに展示されたものは日本の生物科学の非常に限られた一端ではあるが、その歩みをみることによって、昔の日本の生物学と現代の生物学の一端の実物をみていただき、実物の展示の中から、また、新しい生物科学が展望できれば幸いである。