生命の科学

第一部

生命の科学の基礎:植物と動物


最初のころの顕微鏡

顕微鏡の発明と「細胞(Cell)」の発見

「ミクログラフィア」とロバート・フック 「紅毛雑話」と「雪華図説」

「ミクログラフィア」とロバート・フック


古代のエジプトやギリシャにおいて、物を拡大して見るためにガラスの球が用いられていた。また、13世紀には眼鏡レンズが発明された。顕微鏡は、オランダの眼鏡商ヤンセン父子が1590年に発明したとされている。1660年頃、イギリスの科学者ロバート・フックは、2枚の凸レンズを鏡筒に取り付けた複式顕微鏡を作った。彼はノミ、シラミ、ハエなどの小さな生物を正確に観察し、1665年に「ミクログラフィア(Micrographia)」を出版した。彼は同時代、オランダでガラス球1個をレンズにした単式顕微鏡を作り、微生物や精子などを発見したレーベンフックとともに顕微鏡の父と呼ばれている。これは「ミクログラフィア」の原本で、細胞を最初に記載した「コルクの細胞図」のページが開かれてある。

「紅毛雑話」と「雪華図説」


1787年、森島中良(もりしま なから)は「紅毛雑話」を著し、ロバート・フックの「ミクログラフィア」を紹介した。この「紅毛雑話」にはスワンメルダムの蚊の拡大図など顕微鏡観察図が多数、載っている。1832年には古河藩主、土井利位(どい としつら)は「雪華図説」を著し、雪の結晶の詳細な観察図を示した。この雪の結晶の図は、人々の好奇心を刺激して浮世絵などにも取り入れられた。

日本で作られた木製カルペパー型顕微鏡 ベック社製双眼顕微鏡

日本で作られた木製カルペパー型顕微鏡


「ミクログラフィア」の刊行後、ヨーロッパでは王侯貴族や富裕階級の娯楽の対象として顕微鏡は大いに流行した。日本に顕微鏡が渡来したのは18世紀の中頃と考えられている。顕微鏡の輸入が始まって間もない頃に、外国製顕微鏡を参考に日本製顕微鏡が作られた。これは18世紀中頃にイギリスのカルペパー(Culpeper)により考案されたカルペパー型顕微鏡をもとに、日本で製作された木製カルペパー型顕微鏡である。顕微鏡は大名、医者、本草学者などに珍重されたばかりでなく、一般の人々もその日常性を越えた新奇な世界に魅せられた。

ベック社製双眼顕微鏡


1846年、ロンドンのJames SmithはRichard SmithとJoseph SmithとともにSmith,Beck & Beck商会を設立。この双眼顕微鏡を作った。この顕微鏡はRidell & Wenhamの設計になる光線分離プリズムを内蔵し、2本の光線のうち1本はプリズムを通らずに直進するために2本の鏡筒のうち1本は真直になっている。当時の多くの需要に応じてこの顕微鏡を性能の良い格安なものとしたので、普及型の名で広く親しまれていた。明治8年に日本に来航したチャレンジャー探検隊がこの顕微鏡を積んでいて、瀬戸内海のプランクトン調査を行った。東京帝国大学理学部動物学教室のモース教授もこの顕微鏡を用いた。


前のページへ 目次へ 次のページへ