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遺物に残された痕跡

丑野 毅


写真1
写真2
考古学における研究資料である遺跡・遺物には、製作痕や使用痕、或いは土器などに混入した物などによる多くの痕跡が残されている。限られた考古学資料を活用して当時の生活環境をより明確に復元するためには、このような痕跡を分析研究することが重要な課題の一つとなろう。

 遺構に残された掘削用具や壁画などの加工具の痕跡、遺物においては土器・石器・骨角器・貝製品・木器などの製作痕や使用痕の観察と分析などが主な観察研究の対象となる。特に土器は可塑性に富む粘土を主体とした素材によって製作されているため、土器に遺されるているのは、意識的に付けられる紋様などの他、土器として形作られる時から乾燥・焼成されるまでの間に、その内外面には、土器製作中の環境を示すような多くの混入物による痕跡が残されている。これらの痕跡を観察して行くと、後述するように植物では種子や葉・茎などの断片、動物においては虫などのほかに貝や骨の断片、その他繊維や人の指紋など、さまざまな種類の混入物による痕跡が残されていることを知ることができる。施紋を含めた土器の製作技術や当時の環境などを検討する上で、土器に残されている痕跡を重要な情報源として活用できることは、これまで筆者が行ってきた実験結果からも明らかである。胎土中に残されている痕跡の中には、混入物が炭化して残されている例もある。このような炭化物資料は、AMSによる年代測定や、条件さえよければDNAの分析に利用することができよう。

 観察資料は、残されている痕跡に印象材を充填して痕跡を残したもののレプリカとして作成し、観察のための機器類はルーペや実体顕微鏡、状況によっては走査型電子顕微鏡(SEM)を使用する。
土器の胎土中という確実な層位に含まれていることから、属する土器型式名が確認できる資料であれば、本来その土器が属していた時代・文化に位置付けることができるので十分に信頼のできる資料とすることができる。したがって、表面採集資料や既に整理の終わった収蔵品なども有益な資料となる。収納されている資料を再活用することによって、各遺跡のそれぞれに分類される文化期における環境や活動をより明らかにすることができることにも意義は大きい。

このような研究方法を「痕跡の考古学」と称している。

写真3
写真4

対象と目的
対象とすることのできる資料は、以下に示したような何らかの痕跡が残されている遺構・遺物である。
・土器・・・・・・土製品:製作技術、および製作に関わる季節や環境の解明。
 施紋具・・・・・縄紋→撚りや繊維、刺突・押捺紋→種類と材質及び施紋具の製作方法を明らかにすること。
 繊維混入物・・・形状とその特徴から繊維の種類を明らかにする。
 木葉痕・・・・・葉の形状から樹種を知り、土器の制作された季節を推定する。
 整形痕・・・・・へら・刷毛の形状。手掌圧痕=土器製作者。
 その他の痕跡・・多様な種類の圧痕が発見されている。
 植物・・・・・・籾・ドングリ・豆類・その他の種子、葉や茎の断片。
 動物・・・・・・虫や骨片など。
・石器・・・・・・骨角器・金属器:制作技術の復元。研磨痕・使用痕の解明。
 石器接合資料・・失われた剥片や石核を復元。制作技術の復元。
 使用痕の観察・・使用された部位・使用目的を知る。
・木器:伐採痕・・加工痕から、工具及び技法の復元。
・遺構:遺構に残されている掘削痕から、工具と技法の復元。
・掘削痕・・・・・木器の場合と同じく、掘削痕から工具等を特定。
直接的な目的は、それぞれの観察対象の後に書いたとおりである。分析結果をこれまでの研究成果の中にフィードバックさせて統合することにより、当時の生活環境や活動状況をより豊かな情報に包まれた内容にすることができる。

実例
ここでは土器に残された痕跡の代表的な例を掲げて、痕跡の考古学によってどのような成果を上げることができるのか示したい。
資料は、横浜市・八幡山遺跡出土の弥生時代中期末に属する土器である(写真1)。土器片の割れ口に残されていた稲籾の痕跡(写真2)に印象材を充填し、失われた籾をレプリカとして復元して観察資料とする。最も詳細な観察は、SEMを利用する方法である。例として(写真3)に全体形を、(写真4)に拡大した穎の表面を示す。スペースがないために、実際の籾の写真は提示することができなかったので、興味ある人は痕跡のレプリカがどれほどすぐれた情報を残しているかぜひ比較することを試みてほしい。このように、土器に残された痕跡としての籾圧痕は、計測や詳細な観察が可能な資料となって研究者の手元に戻ってくるのである。
文末ながら、横浜市・八幡山遺跡出土資料の掲載を承諾された(財)横浜市ふるさと歴史財団のご厚意に御礼申し上げます。

第2回考古科学シンポジウム

2000年12月1日(金)農学部弥生講堂一条ホール
本学原子力研究総合センター、埋蔵文化財調査室、総合研究博物館主催

自然科学の手法を考古学の分野に適用する、まさに文理融合の場である本シンポジウムも2年目を迎え、学内外の研究者、一般の方、約200人が参加して開催されました。昨年と同様、一般の方が多数参加されました。講演件数を減らし、一件当たりの時間を十分に取ったので、熱気のある質疑応答が続きました。
今回は、「縄文時代の社会」と「近世考古学」をテーマとして8講演が行われ、ポスターセッションで3件の発表がありました。縄文時代に関しては、貝塚から得られた海洋大循環についての知見、縄文人の世界観、縄文土器の年代測定、遺物に残された痕跡についての研究などが報告されました。また、最近、都市部で近世の遺跡が盛んに発掘されるのに伴い、大きな広がりを見せている近世考古学の分野では、江戸時代の金属技術について、火縄銃と小判、銅合金に関する講演が行われました。
その中から当日講演された本館の研究担当、丑野毅氏に、講演内容をまとめていただきました。
なお、引き続き2001年にも、第3回シンポジウムが予定されています。ご期待下さい。

(吉田邦夫・本館助手/考古化学・年代学)

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(総合文化研究科助手/本館研究担当)

  

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Ouroboros 第13号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成13年2月5日
編集人:西秋良宏/発行人:川口昭彦/発行所:東京大学総合研究博物館