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森の民にみちびかれてサルを見る

丸橋 珠樹


写真1 カー(シロアリ塚)の台地上に設営した
調査キャンプ。水場には、水蛭と血を吸う虻がい
て心地よく水浴びとはほど遠かった。
初めての音や声に出会えるのはフィールドワークの楽しみである。アフリカ中央部コンゴでの霊長類調査を始めたばかりのころだった。寝静まり虫や鳥達の音の世界に心地よく酔っていると、水場のほうで突然激しい大きな水音がした。「何だ?バメ」とテントごしに声をかけると、「うーん。カバだよ」と眠たそうな声が帰ってきた。バメとフランソワは、森の仕事に雇ったバカ・ピグミー人である。

 キャンプサイトにしているのは、カーと現地名でよんでいる大型のシロアリ塚の上である。周りの平地からは、3メートルあまりも高くなっている。その広さといったら驚きだ。私のテントとバメとフランソワのテント、炊事場と食堂、果実や植物標本の乾燥用の小さな炉と棚、それに調査資材と食料庫、これがみんなゆったりと配置できてしまう。テント場の隅には新しいシロアリ塚のタワーが一つ二つと立っている。こんなタワーが崩れてはまた別のタワーができ、それが崩れては隣にタワーが立つ・・・。こんな広い台地ができ上がるのに一体どれほどの時がたったのだろうか。長い進化のたまものである熱帯林を、時の堆積だと理解できる生物の造形である。

 ゾウ道を歩きながらサルを探して歩いていく。幅1メートルほどのよく踏みならされた、森に四通八達しているハイウェーである。ずぶずぶとすぐ胸まで沈み込んでしまう湿地帯にもゾウ道があるという。ゾウの群れが大きく利用流域を変えるのに通る伝統的な水中の道もあるという。子供も赤ちゃんゾウも鼻を出して安全に歩いて渡るのだそうだ。ここにも時の厚みがある。

 ボッボッボッボボボ・・・、ボッボッボッボボボ・・・とホホジロマンガベイの雄の大音声が森に響きわたる。今日のこの群れの構成をおさえておこうと、ゾウ道をはずれたとたん、棘の絡まったハウマニアの藪に行手をはばまれてしまった。バメとフランソワはスルリとぬけていくというのに。群れが落ちついて大きなマメ科の木で採食しているのを藪かげからのぞき込んでいると、後ろでは、二人の寝息が聞こえてくる。

しばらくして、群れが採食を止め動き出していく。「いくぞ」と彼らに小さく声をかけて追跡していく。でも、誰もついてこない。ままよ、と寝てしまった彼らをほったらかして群れを追いかけて数百メートル、また同じ種類の木で食べ始めた。「心配したじゃないか。一人で、うろうろして道に迷ったら死んでしまうぞ。探すのに苦労した」と気配もなく近づいてきたバメがささやく。「寝てたくせして」と言い返す。

 彼らと森のどこで何があったかを話し合うのには一工夫がいる。大きな倒木で寝ころがろうとして落ちてしまった所、すってんところんで、「こんな所で人はころばないよ」と笑われた場所、食べれるかなと試した果実が毒だと吐き出した場所・・・。二人は私がわざとそんな失敗をしたとは思っていないだろう。転んだ場所の大きな○○の木、毒果実の木といったように互いに森の共通認識を持つことができる。こうして森が、私たちのエピソードに満ちあふれてくれば、森のひろがりと動物の動きを一体として感じれるようになる。フィールドになじんだなあと実感できる充実感がうまれてくる。

 調査も終わるころ「その時計をくれないか」と私のコンパスを見つめて頼んできた。「どうして?」「いつも何かというと大切そうにみつめてるじゃないか。記念にその時計をと思って」私にとって、調査地の手作り地図とコンパスは不可欠で、確かに、双眼鏡と同じく大切なものである。「でもねぇ、この時計はいつも6時しか指さないよ」とからかいながらコンパスの機能を説明した。しかし、何も理解できないのであった。

 彼らは、全く違う方法で、地形や位置を認識していたのである。森のどんな奥に進んでも、初めての地域を歩いても、「キャンプはどこ?」と聞くと、驚くべき正確さでこの方向と指すのである。つまりキャンプはこの方向にあるという確証と、このゾウ道をあるいは切った道をたどって帰ればよいという二つの方法を組み合わせて道に迷わないのである。熱帯林では道に迷えば、それは死を意味する。どこにも高みや見晴らせる場所はなく、地形は平らに見えても小さな川や小さな尾根が複雑に入り組んでいる。一度道を見失うとここは確かに通ったとどこもかもが同じに見えてしまう。一度ペンを森になくしてしまったことがあった。姉にもらった大切なペンだったので「探してくれないか」と頼むと「タバコ一箱なら」とにやっと笑って、今サルを追いかけたばかりの森を帰っていった。しばらくすると「見つかったよ」とぶっきらぼうにペンを差し出してくれた。「どこにあった?」と聞くと「森の中」、うなってしまった。

 そんな彼らに支えられてフィールドワークは安全に行うことができるのである。どんなフィールドでも現地の人とのコミュニケーションと信頼関係が安全とよりよい研究の基盤である。異文化のなかの秀れた知恵と誇り、そして、無限とも思える生物の豊かな生態、いつまでもその二つを受け入れる心と体の柔らかさを保っていたいものである。

写真2 頭が茶色の西ローランドゴリラ。写真は、バイとよばれる湿地で、ここに生えている水草はゴリラの主食の一つである。 写真3 中央アフリカに生息する、チンパンジーの亜種、チェゴチンパンジー。ゴリラとは同所的に生息しているが、生態と社会は未知の部分が多い。 写真4 コンゴの森で同時期に採集された多様な果実。ゾウ、サル、鳥、コウモリ、齧歯類など多様な種子散布者と共進化した果実がみられる。

 

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(武蔵大学人文学部教授/平成12年度公開講座講師

  

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Ouroboros 第13号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成13年2月5日
編集人:西秋良宏/発行人:川口昭彦/発行所:東京大学総合研究博物館