小津安二郎(1903〜1963)は、日本映画の黄金時代を代表する映画監督であり、没後30年以上を経た今日、海外での評価はますます高まる一方である。その小津の傑作群の撮影を担当したキャメラマン厚田雄春は、1992年に逝去しているが、その遺品の中に、小津作品の創造の秘密を伝える貴重な資料の数々が発見された。撮影風景のスナップショット、細かい演出メモが書き込まれたシナリオ、完成作には用いられずに終わった未公開ショットのネガフィルム、セットの設計図、等々、極めて重要でかつ興味深いものが数多く見られる。
それらの遺品の数々は、厚田氏の遺族から小津映画に関しては蓮實重彦東京大学総長に預けられ、大学院総合文化研究科超域文化専攻表象文化論コースに整理・分析・保存が委託されている。現在、これらの資料は、当館坂村研究室に持ち込まれ、そのデータベース化、修復、各種解析作業が、デジタル技術を駆使して急ピッチで進めまれている。
今回この貴重な資料を整理・分析・保存することとあわせ、最先端のデジタル技術を駆使しつつ、刺激的でかつ有意義な展示を行いたい。具体的には、コンピュータ技術による滲み・汚れ、褪色したフィルムのリニューアルなどを試み、最先端のデジタル技術が持つ映像修復の可能性を開示し、厚田キャメラマンによって撮影されたオリジナルの映像の輝きを再発見したい。また、資料中の設計図と映画を手がかりに、小津映画に登場する日本家屋のセットをヴァーチャル空間として再現し、小津映画空間の秘密を多くの人の興味を引くような形で展示したいと考えている。
Ouroboros 第6号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成10年10月1日
編者:西秋良宏/発行者:林 良博/デザイン:坂村 健