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コンピュータを使った展示プレゼンテーション技術

森 洋久


ごく一般的な博物館、美術館の展示ではキャプションやパネルによって展示物の解説が行われている。貴重なものに出会った驚きや感動には説明は意味をなさないかもしれない。しかし、感動が大きければ大きいほどもっと深く知りたいという欲望が生まれてくる。しかしその欲望を満たすには、図録を後でじっくりと読まなければならない。コンピュータを使った展示は、この欲望に即座に答えるものである。

博物館において、標本や資料のデータベース化やインターネットによる資料の公開などコンピュータは活用されているが。今回は展覧会のためのプレゼンテーション技術についてひとつひとつ述べていくことにする。

タッチパネル・ディスプレイを使った展示

小さなキャプションの代わりにタッチパネルつきディスプレイのコンピュータを置くことによって、展示品の解説に広がりを与えることが出来る。例えば、「森村泰昌 作 批評とその愛人 A,B,C」という美術品があったとしよう。

ディスプレイ上にはこの作品名が表示されており、短い解説が書かれている。もし、この作者に興味を持ったとすれば、「作者の略歴」というボタンをさわると、この作者の略歴が表示される。あるいは、他にはどのような作品を作っているのだろうかと思えば、「様々な作品」というボタンが用意されていて、前作品を見ることが出来、現在どこの美術館に所蔵されているかもわかる。この作品を製作するきっかけとなったセザンヌの作品も、インターネットを通じて、見に行くことも出来る。

携帯端末による展示品のブラウズ

考古学の発掘現場の模型には、昔、壁や柱であった石の一群があちらこちらに散らばっている。また、ところどころには人骨や土器がある。それぞれ特徴ある場所には「第VI号丘」などと書かれたキャプションが置いてあるが、これについても色々なことが知りたい。そうした場合には、携帯端末をそっと近づけると、キャプションの近くに仕掛けられている発信装置と携帯端末が反応して携帯端末に「第VI号丘」についての説明が現われる。展示物の色々な細かい場所について説明を見ようとしたとき、このような携帯端末が役に立つ。

携帯端末にはもう一つの特徴がある。これはひとりひとりが持てるものなので、それぞれの人にあわせた情報を表示することが出来る。博物館に入る時に、自分用に携帯端末をセットする。例えば、自分の母国語、何に興味があるか、年齢などをセットしておくと、母国語で、興味のあるところを特に詳しく、また、小学生にはやさしく、大人には詳しい説明が表示される。メモリの許す限り言語や説明も何ヶ国語もいれることが出来る。

ビデオ オン デマンド

展示について網羅的で深い理解を得ようとするならば、ビデオは有用な方法の一つである。テーマとなっている画家の一生をまとめたドキュメンタリーなどは、より具体的なイメージで迫ってくる。

博物館や美術館ではビデオのコーナーがあり、ビデオソフトを放映しているが、問題なのは、決められた時間にそこに居ないと映像が見れないということである。映像を蓄えた巨大なサーバ・コンピュータとその映像を瞬時に取り出す端末がネットワークで結ばれた、ビデオ オン デマンド システムは、見たいビデオをメニューで選び出し、その場で見ることが出来る。端末を幾つも置いておけば、複数の人が同時に別のビデオを見ることが可能である。

レプリカ

子供などは、絵の中のりんごを触ってみたい、壷を触ってみたいと思うだろう。また、立体的なものに触れることによって、理解がより深まることもある。そのためにレプリカを作るのであるが、レプリカを迅速に作るためにコンピュータを使うことが出来る。レーザーによる3次元スキャナ装置で実物の壷の立体を読み込み、コンピュータで信号のノイズを取るなどの処理をする。そのデータから樹脂のレプリカを作るには樹脂にレーザーを照射して少しずつ壷の形に固めていく光造形装置を使う。

レプリカを作ることによって目の不自由な方々も、手で触って展示品が閲覧できると言う大きなメリットも存在する。

MUD (Multi User Dungeon)

上述の様々なプレゼンテーションの方法が、展示品について造詣を深めてくれるが、さらに、展示を解説するためにはどのような機能が必要かをよく考え、一つのディスプレイの中に収めたようなものが MUD である。

Multi User Dungeon は坂村研究室で開発を行っている、コンピュータの中に作られた仮想の博物館である。立体的に描かれた展示場をジョイスティックとボタンで閲覧してまわることが出来る。物理的な制限がないので仮想展示ホールは行けども行けども連なり、何百万点という展示品を閲覧してまわることが出来る。学芸員のビデオ映像をこの仮想空間に合成することが出来、展示品について詳しい説明をしてくれる。また、関連ある作品について順を追って説明してくれるガイドツアーもある。

現実の博物館では出来ないようなことも出来る。例えば、展示されている壷や生物を輪切りにして中がどうなっているのかを見たり、色々な部分の寸法を手あたり次第計ることもバーチャルだから出来ることである。

MUDの端末はネットワークで結ばれている。他の端末の人は展示ホールの中でもバーチャルな人として表示される。どこに人が群がっているか良く分る。また、同じ部屋に居る人と色々なはなしをして情報交換をすることも出来る。

コンピュータの利用の問題と今後の展望

コンピュータは電子計算機と呼ばれていたように、計算をする道具としてこの世に登場し、やがてパーソナルコンピュータなるものが登場し、一種の文房具のような存在になって来た。博物館でコンピュータを利用しようという発想ははじめにはなかったのである。

展覧会ではコンピュータを一日連続で運用し、それを毎日何ヵ月も続けなければならない。コンピュータやビデオソフトなど非常に消耗することになる。こうなると、開館中に故障することも考えられるわけであるが、どんな故障をしても閲覧者に混乱を与えず、また、いたずらからシステムを守る機能が多くのコンピュータには備わっていない。

また、毎日何十台ものコンピュータの電源を入れたり切ったりすることは運営上大きな負担である。しかし、コンピュータを自動的に管理する機能は意外に備わっていない。

また、コンピュータにおける言語の問題も大きい。コンピュータはもともと英語圏で開発されたものであるから、多くのシステムでは日本語でも古文や漢文に現われる文字の表示がおぼつかない。また、世界中の言語を網羅できると言うわけには行かない。これは、言語を多く活用する学問を対象とすることの多い博物館や美術館では大きな障害である。

このような問題は単にアプリケーションを変えるだけでは解決されない問題が多く、オペレーティングシステムのレベルから対応することが重要である。当研究室ではBTRONやITRONなどの独自のオペレーティングシステムをかねてから開発しているという特権を活用し、博物館でコンピュータを利用した時に起る様々な問題を分析し、オペレーティングシステムのレベルから対応を試みており、実際に当博物館運用の中で成果を挙げている。

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(本館助手/展示情報システム学)

  

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Ouroboros 第6号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成10年10月1日
編者:西秋良宏/発行者:林 良博/デザイン:坂村 健