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年代をはかる

吉田 邦夫


原子力研究総合センター タンデム加速器研究設備
C-14年代測定法の「伝道師」として、何をどこまで測れるかを明らかにします。

何でも鑑定団?

テレビ番組の影響かも知れませんが、一般の方から、年代測定の問い合わせや依頼が来ます。科学的な年代測定法の存在が、世に知られてきたことの証でしょうし、大学を身近に感じて頂いた結果でもあるでしょうから、無碍にお断りすることもできません。お話を伺うことになるのですが、とんでもない話もあります。

一番驚いたのは、「骨壷に入っている骨が、誰のものか決めてください」という依頼でした。大昔に埋葬したまま、親子の別が分からなくなってしまった、ということでご相談を受けました。

この手の話は結構あるのですが、地中海沿岸のガラス工芸品の年代を測ってくれという話もありました。後で出てきますが、私たちは鉄器の製造年代を測定する方法を開発したので、どんなものでも年代が測れると思われても仕方ない面もあります。でも、いまのところ、ガラス器を直接測定する方法は、思いつきません。骨董品の鑑定人におまかせしました。様式とか材質によって年代を決める鑑定者の学識の高さには敬服させられます。これに対して、C-14年代測定法では、資料の中に含まれている有機物または有機物起源の物質だけを用いて、その年代を決めてしまうのです。

C-14年代測定法のからくり

この年代決定法は、放射性炭素年代測定法と言われるように、天然に存在する放射性元素を利用します。炭素(元素記号C)は、動物や植物を作っている主要な元素ですが、天然には質量が違う3種類の原子があります。炭素原子のうち99%は一番軽い12C、残りはほとんど13Cで、放射性の14Cが0.00000000012%、わずか1兆分の1だけ存在します。放射性元素は規則的に崩壊して他の原子に変わります。はじめにあった原子が崩壊して半分の量になる時間を半減期と呼び、14Cの半減期は5730年です。14Cは放射性なので、いずれなくなってしまうと思われるかも知れませんが、大気上層部で日夜絶え間なく製造されているため、出来る量と壊れる量がちょうどつり合って、いつもほぼ一定の量が存在することになります。宇宙の彼方や太陽から飛んでくる宇宙線の成れの果てと、空気中の窒素原子が衝突して、14Cが生成するのです。

さて、このようにして出来た14Cは、一定の割合を保ったまま、二酸化炭素(CO2)の形で大気の中に広がっていきます。植物はこの二酸化炭素を光合成に使い、動物は植物を食べるという具合に、生命活動を続けている限り、生物は体内に一定の割合で14Cを持っていることになります。ところが、木が倒れたり、動物が死んだりすれば、外界から新たに14Cを含む物質を取り入れることがなくなるので、生命活動を停止した後は、手持ちの14Cが壊れ続けることになります。今、遺物が初めに持っていた一定量の半分が残っていれば、その遺物は、5730年前に生命活動を停止したことがわかります。4分の1なら、11460年、8分の1で、17190年ということになります。遺物の炭素化合物中に残る14Cを数えて、何年前に死亡したかを決定するのが、14C年代測定法なのです。

14C年代測定のための道具

14Cを数えれば、遺物の年代が決まるのですが、ほんの僅かしかない原子を数えるのは大変です。普通、β線計数法が用いられます。放射性の14C原子は、壊れるときにβ線(ベータ線;電子)を出します。このベータ線を数えれば、もとをたどってどれだけ14Cが残っているかがわかります。でも、現代の炭素1gが1分間に出すベータ線はたった14個です。

アメリカのLibby博士は、天然14Cの存在を予測し、翌1947年に最初の測定値を報告、すぐに年代測定への応用を始めました(1960年ノーベル賞受賞)。彼は、最初固体の炭素粉を測定器の壁に塗って測定しましたが、現在では、資料から作った気体(二酸化炭素、アセチレン、メタンなど)を測定しています。

東京大学の装置では、アセチレンを測定しています。1gほどのアセチレンを使うので、新しい資料でも1分間に十数個しか壊れません。私たちの回りには、宇宙線だけでなく、放射線を出すものがたくさんあります。普通に測ったのでは、この何倍もの自然放射線に埋もれて資料のベータ線を測ることは出来ません。そこで、この低レベルの放射線を測るために、主に二つの工夫をしています。

まず、宇宙線や周囲の放射線を数えないように、測定気体を入れた容器の周りを厚さ25cmの鉄で囲みます。その重さは5トンにもなります。それでも、強い宇宙線などは突き抜けてしまうので、さらに、反同時計数法という奥の手を使います。資料用の測定器の周りにいくつかの測定器を配置して、両方の測定器が同時に数えたときは、宇宙線などによるものとして、勘定に入れないようにするのです。このような方法で、約4万年前の資料まで測定することができます。

加速器質量分析法(AMS法)

AMS法測定試料ホルダー
(1ミリの孔に炭素資料を詰める)
 
一方、加速器を用いて14C原子を一つ一つ数える方法が1977年に提案され、東京大学でも原子力研究総合センターのタンデム加速器を用いて1980年に開発を始め、年代測定が出来るようになりました。この方法は、大がかりな加速器を使わなければならないのですが、ベータ線計数法と比べて、1) 必要な炭素量が約千分の1の1mgと極微量、2) 約7万年前まで測定可能、3) 測定時間が短い、という特徴を持っています。このAMS法の登場によって、測定出来る資料が、飛躍的に増えることになりました。

洞窟壁画はいつ描かれた?

スペインのアルタミラ洞窟や南フランスのラスコー洞窟の壁画は、教科書にも載っているので誰もが知っています。余りにも色鮮やかなものがあったりして、後世のいたずら書きだという説が必ず出てくるものですが、今ではうまくすれば描いた年代が決定できます。赤色顔料は酸化鉄(III)で、黒色は二酸化マンガンや木炭が使われます。この木炭や、接着剤などとして含まれる有機物を分析します。アルタミラの野牛は、14000±400年前のものだとわかりました。

また、磔にされたキリストの遺骸を包んだとされる、トリノ大聖堂の『聖骸布』から切り取られた1×7cmの資料が3研究機関で測定され、確率95%でAD1260〜1390の物であることがわかりました。真っ赤な偽物だったのです。

鉄器の製造年代も決められる!

AMS法の威力は微量の資料測定で発揮されますが、東京大学のAMSグループも、木片・炭化物・泥炭・人骨・歯・貝殻・漆・布・ミイラ・鉄器など、炭素を含んでいるものなら、ほとんどありとあらゆるものを測定してきました。たとえば、鉄器の製造年代を決定する方法を確立しました。鉄を製錬する際に使う木炭の一部が鉄の中に取り込まれるので、これを取り出して年代測定を行うことができるのです。

また、縄文人骨から回収したコラーゲンを用いて、1986年10月に日本で初めてAMS法による人骨の年代測定を行いました。縄文時代の遺跡である千葉県の小作貝塚から出土した人骨です。骨や歯の無機質構造の中には炭酸カルシウムが含まれていますが、土壌中に埋没している間に交換が起こるために、これを測定に使うことは出来ません。内部に残っているタンパク質の一種、コラーゲンを抽出して炭素を取り出し測定します。残っているコラーゲンの割合にもよりますが、約1〜数gの骨があれば測定可能です。小作貝塚から出土した8号人骨は、4100±100年前と決定されました。なお、日本で発見された人骨としては最も古いものの一つとされている、1万7〜8000年前の沖縄・港川人骨についても、本館所蔵の非常に貴重な標本の一部を使って測定しようとしましたが、コラーゲンの残りがきわめて少なく、まだ年代値が得られていません。

土器の直接年代測定

縄文土器に残された有機物・炭化物を使って、製造・使用年代を決定しようという研究もAMS法だから出来るものです。早・前期の繊維土器に補強剤として入れた藁や、偶然取り込まれた有機物、使用時に付いた穀物片や油脂などの有機物やその炭化物、加熱時のすすなど、年代測定に使えるものがたくさんあることがわかりました。古代からの便りに、言ってみれば日付の消印が押されていることになります。この消印を判読して、詳しい暦年代を決めようとしています。

また、石器に残された血痕から、年代を決定できるのはもちろんのこと、血液の持ち主を決めることも出来るかも知れません。ただ、普通は発掘したとき洗ってしまうので、発掘時からそのための心構えが必要になります。

何か面白いものを測りませんか?

C-14年代測定は最も確からしい絶対年代測定法で、今後ますますその役割が大きくなると思います。特に、少量の資料で、古い年代まで測定できるAMS法は重要です。様々な資料の年代を決定するために、AMS法の特質を生かした測定が、これからも行われることになります。

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(本館専任助手/年代学・考古化学)

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Ouroboros 第2号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成8年11月30日
編者:西秋良宏/発行者:林 良博/デザイン:坂村 健