原子力研究総合センター タンデム加速器研究設備 |
一番驚いたのは、「骨壷に入っている骨が、誰のものか決めてください」という依頼でした。大昔に埋葬したまま、親子の別が分からなくなってしまった、ということでご相談を受けました。
この手の話は結構あるのですが、地中海沿岸のガラス工芸品の年代を測ってくれという話もありました。後で出てきますが、私たちは鉄器の製造年代を測定する方法を開発したので、どんなものでも年代が測れると思われても仕方ない面もあります。でも、いまのところ、ガラス器を直接測定する方法は、思いつきません。骨董品の鑑定人におまかせしました。様式とか材質によって年代を決める鑑定者の学識の高さには敬服させられます。これに対して、C-14年代測定法では、資料の中に含まれている有機物または有機物起源の物質だけを用いて、その年代を決めてしまうのです。
さて、このようにして出来た14Cは、一定の割合を保ったまま、二酸化炭素(CO2)の形で大気の中に広がっていきます。植物はこの二酸化炭素を光合成に使い、動物は植物を食べるという具合に、生命活動を続けている限り、生物は体内に一定の割合で14Cを持っていることになります。ところが、木が倒れたり、動物が死んだりすれば、外界から新たに14Cを含む物質を取り入れることがなくなるので、生命活動を停止した後は、手持ちの14Cが壊れ続けることになります。今、遺物が初めに持っていた一定量の半分が残っていれば、その遺物は、5730年前に生命活動を停止したことがわかります。4分の1なら、11460年、8分の1で、17190年ということになります。遺物の炭素化合物中に残る14Cを数えて、何年前に死亡したかを決定するのが、14C年代測定法なのです。
アメリカのLibby博士は、天然14Cの存在を予測し、翌1947年に最初の測定値を報告、すぐに年代測定への応用を始めました(1960年ノーベル賞受賞)。彼は、最初固体の炭素粉を測定器の壁に塗って測定しましたが、現在では、資料から作った気体(二酸化炭素、アセチレン、メタンなど)を測定しています。
東京大学の装置では、アセチレンを測定しています。1gほどのアセチレンを使うので、新しい資料でも1分間に十数個しか壊れません。私たちの回りには、宇宙線だけでなく、放射線を出すものがたくさんあります。普通に測ったのでは、この何倍もの自然放射線に埋もれて資料のベータ線を測ることは出来ません。そこで、この低レベルの放射線を測るために、主に二つの工夫をしています。
まず、宇宙線や周囲の放射線を数えないように、測定気体を入れた容器の周りを厚さ25cmの鉄で囲みます。その重さは5トンにもなります。それでも、強い宇宙線などは突き抜けてしまうので、さらに、反同時計数法という奥の手を使います。資料用の測定器の周りにいくつかの測定器を配置して、両方の測定器が同時に数えたときは、宇宙線などによるものとして、勘定に入れないようにするのです。このような方法で、約4万年前の資料まで測定することができます。
AMS法測定試料ホルダー (1ミリの孔に炭素資料を詰める) |
また、磔にされたキリストの遺骸を包んだとされる、トリノ大聖堂の『聖骸布』から切り取られた1×7cmの資料が3研究機関で測定され、確率95%でAD1260〜1390の物であることがわかりました。真っ赤な偽物だったのです。
また、縄文人骨から回収したコラーゲンを用いて、1986年10月に日本で初めてAMS法による人骨の年代測定を行いました。縄文時代の遺跡である千葉県の小作貝塚から出土した人骨です。骨や歯の無機質構造の中には炭酸カルシウムが含まれていますが、土壌中に埋没している間に交換が起こるために、これを測定に使うことは出来ません。内部に残っているタンパク質の一種、コラーゲンを抽出して炭素を取り出し測定します。残っているコラーゲンの割合にもよりますが、約1〜数gの骨があれば測定可能です。小作貝塚から出土した8号人骨は、4100±100年前と決定されました。なお、日本で発見された人骨としては最も古いものの一つとされている、1万7〜8000年前の沖縄・港川人骨についても、本館所蔵の非常に貴重な標本の一部を使って測定しようとしましたが、コラーゲンの残りがきわめて少なく、まだ年代値が得られていません。
また、石器に残された血痕から、年代を決定できるのはもちろんのこと、血液の持ち主を決めることも出来るかも知れません。ただ、普通は発掘したとき洗ってしまうので、発掘時からそのための心構えが必要になります。
(本館専任助手/年代学・考古化学)
Ouroboros 第2号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成8年11月30日
編者:西秋良宏/発行者:林 良博/デザイン:坂村 健