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生きている岩石「ストロマトライト」

〜地球史を語る構造体〜

塚越 哲


ハメリンプールのストロマトライト
干潮時に撮影したもの。1つの岩体は約50〜60cm。
 
ハメリンプールのストロマトライト
満潮時に水中カメラを用いて撮影したもの。地上の樹木のように、光を多く受けるために上に向かって広がっている。

オーストラリアには、多くの魅力的な生物が生息している。卵を産む哺乳類カモノハシ、カンガルーに代表される有袋類の数々、恐竜の生き残りともいわれる飛べない鳥エミュー、巨大サンゴ礁等枚挙にいとまがない。これらはすべて、生物進化の生きた「見本」である。私は、一昨年11月か昨年4月までの半年間、オーストラリアに滞在する機会を得たので、そこで出会った「ストロマトライト」と呼ばれる生物進化と地球史を物語る構造体について紹介してみたい。

ストロマトライトは、光合成バクテリア(以前はラン藻類と呼ばれていた)のコロニーが水中で構築したドーム状あるいは柱状の構造体である。光合成バクテリアが分泌する粘液に細かい堆積物が海水中の炭酸カルシウムとともに沈着される。光合成バクテリアは、日中は光合成をし、運動性もあるので光を求めて沈着物の表面に出、夜間は活動を休止する。この繰り返しによって炭酸カルシウムを含む固い層状構造が形成され、ストロマトライトと呼ばれる生物岩はゆっくりと「成長」してゆく。

西オーストラリアの中部、シャーク湾の最奥部ハメリンプールに世界で最初に発見された現生ストロマトライトの群体が見られる。ここまでたどり着くには、パースから700kmほども北上し、海岸線に沿って車でまる2日は砂漠の中を走らねばならない。昨今の海外旅行ブームとあっても、海洋生物調査という目的でもない限り、ここを訪れる機会は少ないであろう。ハメリンプールにたどり着くと、そこにはストロマトライトについて解説した小さな博物館があって、実際に群生しているところを年配の女性が丁寧に教えてくれる。夏の日のアスファルトのような、弾力性のある直径5、60cmの黒々とした岩体が波打ち際に群生する様は壮観である(写真1、2)。太古の地球はこんな風景だったのだろうか、と何億年もの過去に想いを馳せずにはいられない。

現生ストロマトライトが発見されたのは1950年代で、それ以前はもっぱら化石ストロマトライトだけが知られていた。地球の誕生は約46憶年前に遡るが、ストロマトライトは、西オーストラリアの35億年前の地層中から産出し、これは世界で最も古いの化石記録の一つとなっている。地球誕生後、最初に現れた生命体は嫌気性バクテリアのような生物だったとされる。おそらくはその中に光合成バクテリアが現れ、酸素を少しずつ放出しはじめた。我々のような「高等」とされる生物が繁栄できる基礎を築いたのは、紛れもなくストロマトライトを造る光合成バクテリアとその仲間である。

セチス湖(汽水湖)のストロマトライト
夏期は水位が下がり、ストロマトライトが水面上に露出する。
 
ストロマトライトは海水塩分の濃度の高いシャーク湾奥部だけに群生する、としばしば解説されている。しかし実際には、西オーストラリアのインド洋沿岸の汽水湖や淡水湖にまで生息している(写真3)。興味深いことに、シャーク湾のものよりも汽水湖のストロマトライトの方が、先カンブリア時代の化石ストロマトライトに近いらしい。なぜ西オーストラリアのこの地域にのみ多くのストロマトライトの群生があるのかは謎のままである。

湖に群生するストロマトライトについては、現在その危機が報じられている。年間の成長率は0.4mm程度であるというから、高さ40cmのストロマトライトはおよそ1000歳、ということになる。きわめてゆっくりと成長するストロマトライトであるが、近年、成長が著しく阻害されているという。原因は生活排水や牧草地で使われる化学肥料により、地下水脈を通じて大量のリン酸塩が湖にもたらされ、その結果ストロマトライトを作るバクテリアが生育できない水質へと変化したためとされる。地球に酸素を供給し、高度に発達した生物を進化させる環境を整え、35億年以上も生き長らえたこの生命を地球上から消し去るのは、やはり人類なのだろうか。

最後に、化石ストロマトライトから知ることができる地球史の一つについて紹介したい。前述したように、ストロマトライトの構築者である光合成バクテリアは日周期で活動をするので、ストロマトライトは1日あたり1枚の薄い層を形成するが、一方で岩体自体は太陽に向く方向に成長する。この成長方向は地軸の傾きによって変化する太陽の高度を反映して、年間1周期の緩やかなサインカーブを描く。化石ストロマトライトにおいてこの1周期内に含まれる層の数を数えると、その時代の1年の日数を知ることが出来る。例えば8億5千万年前の化石ストロマトライトは、1年が435日であったことを記録している。これは、過去において地球の自転が今よりも速かったことを意味する。地球の自転よりも遅いペースで地球の周りを回る月が引力を及ぼし、地球の自転に絶えず「ブレーキ」をかけているためである。月の公転が及ぼす地球の自転に対するブレーキで、このままいくといつの日か地球の自転は停止してしまう。しかし心配には及ばない。月のブレーキによって地球の自転が停止するのは、単純計算でおよそ44億年後のことである。

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(本館専任助手/動物分類学)

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Ouroboros 第2号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成8年11月30日
編者:西秋良宏/発行者:林 良博/デザイン:坂村 健