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第四部

知の開放


坂村 健(総合研究博物館 教授)

東京大学は明治十年(一八七七年)四月十二日に設立され、今年は創立百二十周年を迎える。その前身から明治政府の直轄洋学教育機関として発展し、近代的な総合大学としてシステム化され設立された大学としては日本の最初の大学である。設立時は法学、理学、文学、医学の四学部および附属の東京大学予備門の構成であった。設立から四年後の一八八一年時点では教員数は外国人教師十六名を含む三十六名、学生数三百七十名というささやかなものであった。

それから百二十年を経た現在、法、医、工、文、理、農、経済、教養、教育、薬の十学部、十一の大学院研究科、十一の付置研究所からなり、教員四千百四名、職員三千七百二十八名、外国人留学生千四百二十四名を含む学生二万六千二百七十名を擁する我が国最大規模の国立総合大学に成長した。

このようになったのには、設立当初からの国の最高教育機関としての役割を担うために作られたという経緯がある。特に一八八六年には帝国大学令により名称も東京大学から帝国大学となり日本の大学は帝国大学唯一つと定められた。すなわち、一八九七年京都帝国大学が設立され、帝国大学が東京帝国大学と改称されるまでは大学は一つであった。ちなみに公官私立大学の設置が法認されるのは一九一八年の大学令が公布されてからである。このため、帝国大学は学校体系の頂点に立つとともに国家機関的性格を強めたのである。帝国大学令の第一条は「帝国大学ハ国家ノ須要ニ応スル学術技芸ヲ教授シ及其蘊奥ヲ攷究スルヲ以テ目的トス」としている。総長は法科大学長を兼任し、都下五大私立法律大学校(現専修大学、明治大学、早稲田大学、中央大学、法政大学)の教育課程を監督する権限をもっていた。さらに帝国大学卒業生は事実上無試験で文官任用の特典が与えられ、つまりは帝国大学は官庁を構成するスタッフの養成機関としての位置付けを強く持ったわけである。現在の新制東京大学になったのは昭和二四年(一九四九年)国立学校設置法が公布されてからである。

このようにして設立から百二十年で二万六千名余の学生をかかえる日本最大の国立総合大学になったのであるが、現在の東京大学はあまりに規模が大きく、大学でどのような教育が行なわれ、どのような研究が行なわれているのか全てを知ることは容易ではない。これは現に東京大学にいる学生はもとより教員にしても同様である。関係者にも全てを把握できないのであるから、東京大学が何をやっているのかということは世の中に伝わっているはずがない。しかし教育はもとより、広く国民の知識水準を高め、考える力を養成することも目的としている東京大学は、特権化された一部の人のためにあるのではないことも明らかである。東京大学がなにをやっているかを外から見るのは容易ではない以上、これを打開するには何をやっているのかということを、東京大学みずからが積極的に表に出すこと以外に道はないと思われる。実は、「知の開放」と名付けられたプロジェクトは、こういう経緯によって作られたものである。幸いにも「知の開放」プロジェクトには多くの東京大学関係者から賛同を得ることができ、東京大学創立百二十周年を記念して特設会場での展示、衛星放送による放送、インターネツトによる情報掲示など現代テクノロジーを駆使した積極的な東京大学の紹介が可能となった。言うまでもなく東京大学は国立大学であり、国民の税金により運営されている。従って東京大学を知ることは国民の当然の権利であり、積極的にオープンにすることは東京大学の義務でもある。

さて、現代は情報化時代と言われるが、ここ数年で情報社会基盤(インフラストラクチャ)の整備が進み現実味を帯びてきた。特に通信衛星による多チャンネル衛星放送、インターネットの商用開放、高性能で安価なパーソナルコンピューター、デジタル・ビデオ・ディスク(DVD)など大容量デジタルメディアの進展は目覚ましい。例えばインターネットは世界中で発信されている膨大な情報に自由にアクセスすることができ、利用者が積極的であればあらゆる情報を即座に得ることができる。そしてこのような情報閉鎖主義から情報開放主義への転換は世界的な動きとも言える。現に欧米、特に米国の大学や図書館、博物館、美術館等は膨大な知識を電子化して積極的に公開を始めている。デジタル化された情報は劣化することがなくどこにでも瞬時に送ることができる。得られる知識をもとに新しい知識が生まれ、さらにこれを公開していくことにより、知識の増幅が行なわれる。これは最新テクノロジーを「知」の流通に応用した成果であり、一昔前では到底できないことであった。例えば膨大な歴史資料を紙に印刷すると一人では運べない程の量になり、印刷等のコストもかかり大量に配布することは困難である。しかし、インターネットのサーバーに置けば、それだけで世界中どこからでも二十四時間だれもが利用できる。CD-ROMにしてしまえば紙よりはるかに低コストで大量に配布することもできる。コンピューターや通信ネットワーク、マルチメディアといった技術が知を開放することをバックアップすることは間違いない。

現代の最新情報テクノロジーと東京大学が百二十年積み重ねてきた知識の融合により知の開放が現実化する。東京大学が収集してきた資料は膨大である。たとえば東京大学総合研究博物館を始めとして東京大学が保有する資料は六百万点に及ぶといわれる。この他現在行なわれている講義の内容も貴重な知識である。これらを積極的に発信することが「知の開放」であり、東京大学がなにをやっているか、やってきたかの集大成となる。

東京大学百二十周年「知の開放」プロジェクトは一九九七年十月十六日から十二月十四日まで開催する東京大学創立百二十周年記念東京大学展第四部として公開する。そのために東京大学本郷キャンパスの医学部一号館隣接に「知の開放」パビリオンという特設パビリオンを作り、その中に展示スペースを設ける。さらに通信衛星を使ったCSデジタル放送による放送、インターネットによる情報提供、さらに放送融合型実験など最新技術を駆使して東京大学の今を公開していく。 「知の開放」パビリオンには、カプセルと呼ぶ最新技術による展示システムを配置している。ここには実物の展示物を中心にして、それを解説するビデオ、インターネット技術を利用して関連情報を自由に引き出すことのできる対話ディスプレイ、展示物に関連した仮想世界に入り込むことのできるマルチ・ユーザー・ダンジョン(MUD)からなる三つのコントロールタワーが付設されている。このカプセルを使って各学部、研究科からの展示ならびに情報発信を行う。また携帯端末により展示物のそばに近づくと展示内容を文字と音声で解説するシステムも用意されている。この他、パビリオン内に三百六十度の半球状のドーム型カプセルがあり立体的な臨場感のある映像を見ることができる。

パビリオンでの展示と並行して、インターネットとCS放送およびその両者の融合型という新しい技術による情報公開を行う。CS放送では東京大学が保有する各種学術資料や、教育・研究内容、学生生活などに関する番組を作成し、東大チャンネルで放送を行う。これはCSアンテナとチューナーがあればだれでも無料で情報を獲得することができる。放送とインターネットとの融合は、近未来技術による実験である。放送番組中に関連情報をデジタル情報として同時に電波で放送し、番組の進行中に関連情報が蓄積されたコンピューターから利用者の操作により自由に読み出すことができる。これはパビリオン内で体験できる。このような新しい試みも含め、東京大学の内容を積極的に公開する。

東京大学の役割は百二十年前とは異る。大規模な教育研究機関であることは昔も今も変らないが、知識を求めて来るのを待つのでなく、もっと積極的に知識を開放する必要がある。東京大学は国民さらには世界の人々が資料や研究成果を自由に利用できるような「知」の流通公開機関としての役割が大きくなると考えている。そしてそこから生まれる知識のフィードバックにより、さらに新しい知識が生まれていく。知の開放は新しい知の創造でもあるのだ。

「知の開放」パビリオン
「知の開放」パビリオン
「知の開放」パビリオン

長さ29.73m、幅20.08m、高さ12.6m、建築面積481m2の空気膜構造によるタマゴ型ドーム。東京大学本郷キャンパス構内に東京大学展第四部のパビリオンとして建築された。館内ではデジタルミュージアム技術を利用した実物とコンピュータによる融合展示により、東京大学の各部局を紹介している。また、パビリオン内には放送スタジオが設置され、会期中デジタル衛星放送により「東京大学の今」を伝える放送を行う。そのための通信インフラとしては、世界各地に分散した東京大学のコンテンツをリアルタイムで集めるために通信衛星をはじめとする高速通信網を使い、また発信にはデジタル衛星放送とともに、光ファイバー回線やインターネット技術を駆使して、全世界にマルチメディア情報を発信する。 (Architecture Designed by Ken Sakamura)

パビリオン内部
パビリオン内部

パビリオン内部には、大きく分けてスタジオ、3Dビジョン、展示カプセルがある。スタジオでは、会期中シンポジウムや公開授業が行われ、これがそのまま参加型のデジタル衛星放送のための番組収録に利用される。ここからの生放送も計画されている。3Dビジョンは全天周の半球状のドームで、内面に実写やコンピュータ映像などを立体感を持って投影できる。位置づけとしては、これも巨大な展示カプセルであり、実物を展示できないような、巨大な展示物などを、立体感映像で仮想展示するのに利用される。

展示カプセル展示カプセル展示カプセル
展示カプセル

「展示カプセル」はコンピュータ化された展示ケースであり、この中には実際の収蔵物が展示される。カプセルには標準でコンピュータスクリーンが付き、固定的なパネルに代わりカプセルの中の展示物についての標準的な情報提示を行っている。さらに、このスクリーンはタッチパネルになっており、来館者の興味に従って、インタラクティブに展示物に関連する情報を引き出したり、さらにはサーバーに蓄えられたすべての情報にアクセスすることができ、展示されていない収蔵物も見ることができる。このカプセルを使って各学部、研究科の展示ならびに情報発信を行う。また携帯端末により展示物のそばに近づくと展示内容を文字と音声で解説するシステムも用意されている。ベースライトとスポットライトを別個にコンピュータ制御しているため、人がいない場合は照明を落とし貴重な資料に負担をかけないとか、解説に合せて展示物にスポットを当てるなどの制御が可能である。



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