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新規収蔵展

「東京の昆虫たち−その衰亡の歴史をたどる−」の展示を手伝って

横田 千佳


昆虫の展示を見に来た家族づれの来館者の写真
昆虫の展示を見に来た家族づれの来館者
(撮影、高槻成紀)

 2003年に本館に寄贈された須田孫七先生の10万点に及ぶ昆虫標本の一部が「東京の昆虫たち−その衰亡の歴史をたどる−」展として、2004年10月2日から 12月26日まで公開されました。私は本館の技術補佐員としてこの展示のお手伝いをする機会を得たので感想などを記しておきたいと思います。

 この展示では、東京の昆虫の変遷を戦後から10年ごとに東京の時代背景とともに示すことを目的としました。そのために一時代につき、昆虫標本箱2箱に、同じ配列をして壁に配置しました。準備は、収蔵されている1800箱あまりの標本箱から、その時代と東京全域の昆虫を探し出す作業から始まりました。それらを一覧表にし、時代に対するそれぞれの種の増減を洗い出していきました。そのうち標本箱に並べてある程度見栄えのする種を選び出しました。

 時代ごとに配列してみると、戦後はチョウ、トンボ、甲虫それぞれがぎっしりと並べられていましたが、東京オリンピックが行われた1960年代に東京の開発が進み、これを境に、東京が昆虫にとって住みにくい環境に変化したようで、1960年代、1970年代、1980年代は空の標本箱が並ぶことになりました。このことに来館者はたいへん驚いたようすでした。ただし、1990年から現在にいたる時代を表した最後の標本箱は、昆虫が少し回復したり、戻ってきたりしたことを示していました。これは、河川の水質が改善され水生昆虫がもどってきたことや、雑木林が保在されるようになり、植物が育ち昆虫にとってすみやすくなったこと、またガーデニングによって昆虫の食草が供給されるようになったことといった事情が反映しているようです。このほか、デパートで買ったカブトムシが放されたといったこれまでにない現象も起きるようになりました。東京に昆虫はもういないと思い込んでいた来館者は、これを見てほっとしたり、うれしく感じたりしたようでした。

 これとは別に展示室中央には昆虫を雑木林、河川、湿地など生息環境別に展示しました。これには生息地の写真を添えることで理解を深める工夫をしました。時代変遷の展示は、変遷そのものがテーマであり、いわば「普通種」が中心になりました。そのため時代の流れに関心のある来館者には好評でしたが、昆虫好きの人には少し物足りないはずです。その点、この生息地別展示にはかつて東京にもこんな種がいたのかと驚くようなものも多数あり、昆虫好きの来館者はこちらに釘付けになって、ラベルを読もうと標本箱に顔を近づけている人もいました。
 このほか、本学にゆかりの人として理学部で遺伝学を研究された飯野徹雄先生、医学部に奉職された五十嵐仁先生の観察記録や古い貴重な標本を展示することができました。

 このような昆虫標本に接することができたのは、恩師である須田孫七先生の長年の研究成果のおかげです。私は先生と小学6年で出会うことができたのですが、今回の展示でも多くの子どもたちが先生と触れあうことができたようです。ボランティアの皆さんからも、今までで一番多くの子どもが訪れているのではないかとうかがいました。この展示を見た子供たちが昆虫に興味をもってくれたらどんなにかすばらしいかと思います。先生は3歳から昆虫、植物、魚類まで幅広く身近な自然を観察記録して、採集と保存をすべてお一人でされてきたと聞いています。今年74歳になられますが、今もお元気で昆虫採集、記録を続けておられます。

 今回の展示の準備から実施までにさまざまな方と出会うことができました。飯野先生、五十嵐先生、高槻先生(哺乳類の研究者ですが、昆虫少年だったらしく昆虫のことに詳しくて驚きました)にお話をうかがいながら、かつての昆虫少年たちの昆虫に対する熱い思いは凄いと改めて感じたことです。

 この展示はほかの博物館関係者からも注目されるところとなり、巡回展示の希望があると聞きます。それは大学博物館の社会貢献にもなり、より多くの人々に東京の昆虫の変遷を通して自然との共生の問題を考えてもらうきっかけになるものと、今から楽しみにしています。

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(本館非常勤/技術補佐員)

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Ouroboros 第26号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成17年1月30日
編集人:高槻成紀・佐々木猛智/発行人:高橋 進/発行所:東京大学総合研究博物館