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標本を食べる虫

清水晶子


タバコシバンムシ
タバコシバンムシ Cigarette Beetle
A, 成虫�yぢ背面図;B, 成虫側面図;C, 幼虫(スケール= 1mm)
目:鞘翅目 科:シバンムシ科 学名:Lasioderma serricorne (Fabricius)
(A Guide to Museum Pest Control, L.A. Zycherman and J.R. Schrock 1988より転載)

当館の植物標本室周辺では、毎年夏になって気温が上昇するとタバコシバンムシLasioderma serricorne(Cigarette Beetle)が発生する。熱帯の標本室ではふつうにみられるもので、乾燥した植物質なら何でも食べる。新鮮なよく乾燥した植物標本が大好きで、新たに到着した標本はちょっと油断しているとたちまちのうちに卵を産みつけられ、気がついたときには標本は粉々になっている。食害は幼虫の時期に最も大きく、成虫は飛翔し、窓などから侵入する。この昆虫は、紙、昆虫標本、絹などにも害を及ぼすため、一般に博物館では植物標本以外の標本類も、その食害の危機にさらされている。

博物館5階の植物標本室前の廊下には、外国などの他のハーバリウムから送られてきた交換標本や、送り出す予定の交換標本、各方面から同定を依頼された標本、地域のフロラ研究のために集められた標本などさまざまな標本が置かれている。整理中の標本もあるが、長いこと整理しきれずに(しかも無防備な状態で)置かれたままのものもある。昨年から学生を中心としたボランティアの協力を得て週1日標本の整理を実施しているが、植物標本室前の廊下に置いてある段ボール箱内の未整理標本からかなりの虫害が発見された。そこで、虫の発生状況を把握するため、標本室内および廊下の数カ所にトラップをしかけた。その結果、1ヶ所のトラップには1週間でタバコシバンムシの雄の成虫約100個体が捕獲され、未整理標本を入れてある標本棚内で大量発生していることがわかった。これに対して標本室内では1個体も発見されなかったことはまったくの幸いであった。

このような害虫は、熱処理または、摂氏−20度以下の冷凍処理をほどこすことで卵、蛹を含めてほぼ完全に殺すことができる。標本が後で湿気を吸わないようにビニールの袋に封入したあとで冷凍室に入れ、1週間ごとに交換して廊下にあった標本はほぼ全てを処理した(この処理には2ヶ月を要した)。今後注意すれば廊下のタバコシバンムシの個体群密度はかなり低く保てると思われるが、トラップにはまだ1週間に数個体ほどが捕獲され、油断はできない状態である。

新たに到着した標本はすみやかに台紙に貼って標本室に入れられることが理想だが、現状ではかなり長いことどこかに(現在のところは廊下に)置いたままにせざるを得ない。標本食害昆虫を根絶することは不可能であり、外からも常に侵入する可能性がある。被害を拡大させないため、昆虫の監視と対策は今後とも重要である。

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(本館協力研究員/植物形態学)

  

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Ouroboros 第6号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成10年10月1日
編者:西秋良宏/発行者:林 良博/デザイン:坂村 健