ネアンデルタール人頭骨の成長復元

河内 まき子
生命工学工業技術研究所
持丸 正明
生命工学工業技術研究所




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はじめに

 ネアンデルタール人は今から約十万年前から三万年前くらいまでの期間生きていた人々で、その遺跡は西アジアとヨーロッパを中心に分布している。ネアンデルタール人が現生人類と同じ種なのか、それとも別の種なのかについては、現在論争中である。ネアンデルタール人と現生人類との違いは非常に小さいとみなす研究者もいれば、別種とみなすべきであるほど大きいと考える研究者もいる。ネアンデルタール人成人の骨格資料はこれまでに多数発掘されており、その身体的特徴は様々な観点から詳しく調べられてきた。これに対して、子供の資料は非常に少ない。東京大学隊が発掘したデデリエのネアンデルタール人幼児の骨格は、数少ない幼児のほぼ完全な資料を提供することになった。

 ネアンデルタール人とは具体的にどのような人々で、現生人類と外見上どの程度違っているのであろうか? 挿図1はネアンデルタール人であるデデリエの幼児およびアムッド遺跡から発掘された推定年齢二十五歳の男性の頭骨を、現代インド人成人男性の頭骨と比べたものである。成人のアムッドと現代人は一見してかなり違ってみえる。これは、ネアンデルタール人の頭骨に以下のような特徴があるためである——脳の入れ物である脳頭蓋の容量が大きく(アムッドでは一七四〇立方センチもある)、その形は現代人よりも高さが低くて前後に長い[挿図6の側面図]。顔面が大きく、とくに中顔部が前方に飛び出している。眼窩上隆起が発達して、目の上にひさしのように張り出している。顎の骨も非常に大きく、図には示されていないが歯も現生人より大きい。


[挿図1]頭骨の比較
ネアンデルタール人(中央−アムッド男子成人[推定二五歳]、右−デデリエ幼児[一・七歳])と現代人(左−インド人男子成人)


[挿図6]ネアンデルタール人(上)と現代人(下)

 一方、デデリエの幼児頭骨もアムッドの成人頭骨と違っている。全体的な大きさが違うだけでなく、相対的に眼窩が大きくおでこで眼窩上隆起はまったく認められない。このようなネアンデルタール人の幼児が、どのような成長過程をたどって顔つきや体つきが成人に近づいていったのかを、これまでに発掘されたわずかの例から明らかにすることはできない。しかし、現代人の成長過程をもとに、ネアンデルタール人の成長過程を推定することはできるはずだ。たとえ外見は違っていても、ネアンデルタール人は我々ホモ・サピエンスと同種かごく近い種である以上、現代人とそれほど異なった成長過程をたどったとは考えにくいからである。ここでは一・七歳と推定されるデデリエ幼児の頭骨が成人ネアンデルタール人男性にまで成長するまでの過程を現代人の成長データに基づいて復元するとともに、ネアンデルタール人頭骨の成長について考えてみる。



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成長復元のための仮定

 ネアンデルタール人の成長過程を復元するにあたって、以下のような前提のもとに、基礎となる現代人のデータを選定した。

i 現代人と同じ成長パターン

 生まれてからいつ頃どの程度の速度で大きくなり、いつ大きくなるのが止まるかといった成長のパターンは、ネアンデルタール人も現代人と同じだと仮定した。ヒトの成長パターンの特徴は、出生直後に急激に低下した成長速度が思春期に再度急激に高くなることで、この思春期の急激な成長のことを思春期のスパートと呼ぶ[挿図2(一般型)]。スパートについて最も詳しく調べられているのは身長であるが、顔面の寸法にもスパートは認められる。


[挿図2]器官による成長パターンの違い

 人間は相似形を保って成長するのではない。つまり、全身のすべての部分が右に述べたような一般型の成長パターンをたどって成長するのではなく、何歳ころに急速に成長し、何歳ころで成長が止まるかが、器官や部位によって違っている。挿図1に示したデデリエの幼児と、アムッド遺跡出土のネアンデルタール人成人男性の頭骨を比べると、幼児とおとなはひと目で区別できるほど顔つきが違っている。これは、頭顔部のうち脳を納める部分(脳頭蓋)と咀嚼器官である顔面部(顔面頭蓋)とで成長のパターンが異なるためである。脳頭蓋は中に入っている脳と同様に神経型の成長パターンを示す。つまり出生前から生後数年間に急速に成長し、比較的若い年齢でほぼ成人値に達するようなパターンで成長する[挿図2]。これに対して顔面頭蓋は身長と同様一般型の成長パターンを示す。一般型では思春期に急速に成長する時期があり、この後急速に成長速度が落ちて成長が止まる。このように脳頭蓋と顔面頭蓋とでは成長パターンが異なるため、赤ん坊に特有の頭骨のプロポーションが、鼻や顎の大きな成人のプロポーションへと変化するのである。

 成長の過程は栄養状態や運動量などの環境要因に左右される。一般に、栄養状態がわるいと成長速度は遅くなり、スパートの開始は遅れる。成長期間が長くなることによって成長の遅れはある程度取り戻すことができるが、長期間にわたって条件がわるい場合は最終的な身体サイズも小さくなる。ネアンデルタール人の経験した環境条件は、現代人のものとははるかに異なっていたはずであるが、その違いを定量的に知ることはできない。このため、現代人の成長データを環境の違いに基づいて修正することもできない。したがって、ここでは現代人のデータをそのまま利用してネアンデルタール人の成長過程を推定することにした。

ii 人種

 現生人類は長期間にわたって地理的に隔離されていたため、隔離されたグループ中では共通の特徴をもつが、グループ間では明らかに異なった特徴をもっている。このようなグループがいわゆる「人種」とよばれる集団である。最終的な身体の大きさやプロポーション、頭骨の形態だけでなく、成長速度や早熟か晩熟かにも人種によって違いがある。たとえば骨の成熟の度合いを示す骨年齢についてみると、日本人をふくむアジア系集団は思春期まではヨーロッパ系集団に比べるとゆっくりと成熟するが、それ以後は急速に成熟が進み、ヨーロッパ系集団よりは早く成長が止まる。また、最終的な身長はヨーロッパ系集団に比べて低く、胴が長くて四肢が短いという特徴をもっている。一方、アフリカ系集団ではヨーロッパ系集団よりもさらに四肢が長くてほっそりとしており、成長の過程はゆっくりとしている。デデリエのネアンデルタール人の成長過程を、どの集団をモデルとして推定すべきであろうか?

 デデリエの遺跡は西アジアにある。ネアンデルタール人が現在の人種のどれに特に近いかはわからないが、ここでは地理的な近さ、全身のプロポーション、頭骨の形態を考え合わせてヨーロッパ系集団のデータを用いることにした。アジア系集団に特有の扁平な顔面形態はネアンデルタール人の顔面形態と大きく異なっており、両者は地理的にも離れている。また、デデリエの四肢のプロポーションは、アフリカ系集団よりもヨーロッパ系集団に近い。

iii 目標形態

 現代ヨーロッパ人の成長データを利用してデデリエの幼児を成長させることになるが、これだけの情報からではデデリエの幼児はネアンデルタール人らしい特徴をもった顔つきに成長しない。それは、ネアンデルタール人の形態特徴のなかで、幼児の段階ではまだ認められないものがあるためである。たとえば、ネアンデルタール人成人の顔で非常に目立つ眼窩上隆起はデデリエの幼児では全く目立たない[挿図1]。これを現代人の成長過程そのものにしたがって成長させるなら、眼窩上隆起が発達してくるはずがない。そこで、ここでは成長終了時点での目標形態を仮定し、デデリエ幼児と成人目標形態のあいだの年齢における形態を、現代人の成長データをもとに補間推定することにした。

 ここでは地理的に近いという理由により、西アジアのネアンデルタール人成人を目標とすることにした。男と女で成長の進み方や最終的な形態、大きさ、プロポーションはかなり異なるが、デデリエの幼児の性別はわからないので、男であったとして頭骨を成長させることにした。具体的にはデデリエ遺跡のすぐ近くにあるアムッド遺跡出土の成人男性頭骨を目標形態として選んだ。



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頭と顔の成長


i 頭骨のモデル化

 現代人の成長データは、体表から触れてわかる解剖学的特徴点間の距離のような寸法をいろいろな年齢の子供について測ったものであり、これだけからネアンデルタール人頭骨の成長途上の形態を復元することはできない。いろいろな部分の寸法がわかっても、寸法からは様々な特徴点の位置関係を再現することができないためである。頭骨のような三次元的物体を成長させるためには、特徴点の三次元的位置関係が年齢にともなってどのように変化するかがわかっていなければならない。

 そこで、まず、デデリエとアムッドの頭骨について頭骨表面形状をモデリングし、それぞれ二一三のデータ点で表現した。これらのデータ点は、解剖学的特徴点のほか、縫合や変曲点を利用して決定したもので、デデリエのn番目のデータ点はアムッドのn番目のデータ点と解剖学的あるいは形態学的に一致することになる。磁気センサーを用いた三次元ディジタイザでこれらデータ点の位置を計測し、挿図3左のように三二一の多角形で表現した。デデリエの頭骨は左側が大きく歪んでいたので、正中線上の特徴点の座標値はそのまま用いたが、左側の特徴点については右側の特徴点の座標値を反転させて作った。アムッドでは逆に左側の方が保存がよいため、左半分を計測し、右側の特徴点は左側の特徴点の座標値を反転させて作った。正中矢状面は、プロスチオン(pr)、ナジオン(n)、イニオン(i)の三特徴点を用いて決定した。


[挿図3]頭骨表面形状のモデリング 左:ネアンデルタール人、321ポリゴン、
右:現代人、384ポリゴン。アルファベットは計測点の略称。

 比較のために現代インド人(ヨーロッパ系集団)成人男子と五歳の小児の頭骨について、同様に二四五のデータ点から成る三八四個の多角形で表現した[挿図3右]。現代人の方がデータ点が多いのは、ネアンデルタール人では脳頭蓋の底の部分が壊れていて存在しないためと、現代人にしか認められない局所的な凹凸(おとがいや眼窩下孔付近の上顎骨のくぼみなど)を表現するためのデータ点が増えているためである。なお、現代人の方が上顎歯槽部の幅が広くみえるのは、ネアンデルタール人では第一小臼歯を基準として決めたデータ点を、現代人では第二小臼歯の位置を基準として決めているためである。

ii 中間データの推定

 成人になったときのモデルとしてアムッド遺跡から出土した推定二十五歳の男性頭骨を使い、一・七歳と二十五歳の間の年齢における頭骨形状を現代人のデータに基づいて推定した。当然ながらデデリエとアムッドは別個体なので、ここで成長による変化とみなすものは、成長に基づく違いだけでなく個人差による違いをもふくむことになる。

 モデル化した頭骨を重ね合わせるための座標系は、左右のポリオン(po)の中点を原点とし、左右のポリオンを通る直線をX軸、原点とジゴオルビターレ(zo)の正中矢状面への投影点を通る直線をY軸(前後方向)、これらに直交する上下方向の軸をZ軸と決めた。挿図4はこのようにして決定した座標系に基づいて二つの頭骨を重ね合せたものである。成長の結果、各データ点の位置は矢印で示したベクトルのように変化したと仮定することになる。つまり、推定された中間年齢における形態のデータ点は、このベクトル上にのっていることになる。


[挿図4]頭骨のオリエンテーションと成長のベクトル

 [i]で述べたような部位による成長パターンの違いを考えれば、人間が実際に成長するときには脳頭蓋の部分が急に大きくなる時期や、顔が長くなる時期、顔幅が広くなる時期があってもおかしくない。実際の成長に似せて一・七歳のデデリエを成人(ここでは二十一歳で成人の値になると仮定した)であるアムッドにまでなめらかに変化させるためには、この変化が十九年の間、どのデータ点でも同じように一定の割合で進んだと仮定するわけにはいかない。そこで、一・七歳から二十一歳までの各年齢において、各データ点の位置が成長ベクトル上のどこにあったかを、現代人の成長データにもとづいて以下のように推定した。現代人のデータとしてはアメリカのユダヤ系白人の三−二十一歳の生体計測データと[Goldsten 1936]、カナダ人の一−十八歳の生体計測データ[Farkas et al. 1992]を利用した。これらはどちらも横断的データであり、年齢が異なると測られた人も違う。このため成長曲線は必ずしもなめらかにはならない。そこで、必要に応じて成長曲線を平滑化した。このとき、寺田・保志(一九六五年)による日本人幼児の三歳までの個人追跡データ(同じ被験者を繰り返し計測して集めたデータ)を参照した。このようにしてなめらかにした成長曲線がネアンデルタール人にも当てはまると仮定して、ネアンデルタール人の中間年齢における特徴点の座標を推定した。

 具体的には、まず現代人の生体計測データから、脳頭蓋と顔面頭蓋について、XYZ軸それぞれの方向の成長パターンを決定するための寸法項目を選ぶ。次に選んだ寸法項目につき、滑らかにした成長曲線から現代人の一・七歳時の値を推定し、現代人の一・七歳時の推定値と成人値との差として一・七歳以後の全成長量を求める。さらに、XYZそれぞれの軸方向について、一・七歳と推定しようとしている年齢の間の成長量(たとえば一・七歳と五歳の間の成長量)が全成長量の何パーセントに当たるかを計算する。次に、ネアンデルタール人について、デデリエとアムッドの対応するデータ点を結ぶベクトルをこの割合を使って内分し、三−十九歳時のデータ点の位置座標を推定する。

 X(左右)、Y(前後)、Z(上下)方向の成長パターンを決めるために使った寸法項目は、脳頭蓋ではそれぞれ頭最大幅、頭最大長、頭耳高、顔面頭蓋ではそれぞれ下顎角幅、鼻下点矢状径、形態学顔高である。なお、顔面部と脳頭蓋部の境界は眼窩上隆起の上縁とした。また、乳様突起部は、顔面頭蓋と同様の成長パターンをとるものとした。

 挿図5に、このようにしてデデリエからアムッドに向けて成長させたときの中間年齢における頭骨形態を示す。思春期以後急速に眼窩上隆起が発達し、面長になってゆく様子がうかがえる。


[挿図5]ネアンデルタール人頭骨の成長復元
デデリエ−一・七歳、アムッド−成人男子。数字は年齢を示す。



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ネアンデルタール人頭骨の成長


i 注意点

 推定された中間年齢での形態を解釈するうえで注意すべき点がいくつかある。まず、目標形態(アムッド)は初期形態(デデリエ)とは全く別の個体であること。このため、両者の違いは成長による差だけではなく個体差をふくむことになる。大きさの変化が大きいため個体差をふくむことによる矛盾は目立たないが、用いた資料の個人的特徴による効果を無視することはできない。

 次に、成長過程を復元するもとになった生体計測データの性質を考慮しなくてはならない。成長の過程を明らかにしようとするとき、データのとり方に二種類ある。同じ子供を大人になるまで繰り返し計測する個人追跡法(縦断的方法)では、時間はかかるが個人の成長パターンを正しく反映したデータがとれる。これに対して、短期間に各年齢の子供を多数計測して、年齢ごとの平均値として成長のデータを集める横断的方法もある。この方法の短所は、同じ年齢でも成熟の程度にかなり個人差があるにもかかわらず、年齢を基準にして平均値を出してしまうため、成長パターンがなまってしまうことである。今回用いた現代人の成長データは横断的なデータであるため、実際の成長過程よりもなまったものになっているであろう。

 発掘された人骨が完全な形で出土することは少ない。当然初期形態、目標形態とも頭骨復元の方法に左右される。

 このように、不確定要素はかなり大きいことを斟酌する必要がある。

ii ネアンデルタール人頭骨の特徴

 挿図6はデデリエ、アムッド、推定したネアンデルタール人五歳、現代インド人の成人と五歳を比べたものである。ここでまず目につくのは現代人とネアンデルタール人の大きさの違いである。成人どうしを比べると、現代人の顔面はひきしまって非常に小さくみえる。このような大きさの違いは、幼児の頃から明瞭に認められる。全体的にみて一・七歳のデデリエの幼児の頭骨は五歳の現代インド人の子供とほぼ同じ大きさであるだけでなく、顔面が相対的に大きい。デデリエの幼児はネアンデルタール人特有の絶対的にも相対的にも大きな顔のため、実際の年齢よりもかなり年かさに見えるのである。また、推定された五歳のネアンデルタール人の顔面の大きさは現代人では十二・十三歳の大きさに相当する。

 一方で、デデリエの幼児は幼児としての特徴ももっている。たとえば、眼窩上隆起のような骨の上部構造はまだほとんど発達していない。ウズベキスタンにあるテシク・タシ洞窟から出土した推定年齢約九歳のネアンデルタール人の少年は、眉上部が現代人の成人よりもよく発達している。とくに顔面部の骨が発達し頑丈であるが、まだ明瞭な眼窩上隆起は発達していない。挿図7は、テシク・タシの少年を今回推定した九歳の頭骨形態と比べたものである。テシク・タシの方が脳頭蓋が低くて前後に細長いなどの違いはあるが、形態は全体的に似ており、今回の推定結果はかなり妥当なものといえよう。


[挿図7]テシク・タン遺跡出土のネアンデルタール人少年頭骨(右、約九歳)と推定した九歳ネアンデルタール人頭骨(左)

iii 成長速度

 先に述べたように、ネアンデルタール人と現代人の頭骨を比べるときまず目に付くのが著しい顔面の大きさの違いである。この違いは一・七歳の段階ですでに明瞭であることから、生後一・七年間と、おそらく出生前においてもネアンデルタール人の方が成長速度が高かったと思われる。一・七歳から成人に達するまでの成長量も、顔面についてはネアンデルタール人の方が大きい。ネアンデルタール人頭骨寸法の一・七歳から成人までの推定成長量を、生体計測データから推測される現代人の同じ期間における成長量と比べてみると、脳頭蓋では上下方向で九四パーセント、左右方向で八一パーセント、前後方向で一六七パーセントである。顔面頭蓋では上下方向で一三四パーセント、左右方向で一〇九パーセント、前後方向で一二三パーセントとなる。成長が止まるまでの期間に大差はないと仮定すると、生後の成長についてもネアンデルタール人の方が顔面の成長速度が高いといえよう。

 脳頭蓋については、頭長を代表寸法とした脳頭蓋前後方向の成長量だけが、上記のようにネアンデルタール人の方が圧倒的に大きい。これは成人のアムッドの頭長は現代人よりも約一割大きいのに対して、一・七歳のデデリエの頭長は現代人よりもやや小さいためである。しかしながら、頭長という寸法には眼窩上隆起の発達程度が大きく影響している。眼窩上隆起は思春期以後明瞭になってくる形質であり、乳幼児期にはほとんど発達していないので、脳頭蓋本来の前後方向の成長量は、現代人の一六七パーセントよりかなり割り引く必要がある。

 ネアンデルタール人頭骨形態の特質を決定する要因の一つが顔面の高い成長速度であるとすると、顔面の成長速度を低くしたら最終的な形態は現代人に近づくのであろうか? ネアンデルタール人顔面の特徴が中顔部の突出(中顔部が前後に大きい)であることから、顔面の成長速度をすべての部分で均等に低くしても現代人の顔面にはならないことは明らかである。しかし、デデリエからアムッドへ向けて成長させるときに顔面部のみXYZ軸方向の成長速度を二〇パーセント低くすると、挿図8に示すように眼窩上隆起は消失する。むろん、顔面の形態は依然として現代人とは一致しないが、ネアンデルタール人の特徴の一つである眼窩上隆起の発達については、顔面の成長速度の差によってある程度説明できるのではなかろうか。


[挿図8]顔面の成長速度を落とすと眼窩上隆起はなくなる。
顔面部の成長速度を二〇パーセント落としたネアンデルタール人頭骨

 脳頭蓋と顔面頭蓋は機能が異なるため、その大きさと形を限定する要因も異なるであろう。顔面頭蓋の機能は主として機械的なものであるため、全身の四肢や体幹の骨格との間に共通の限定要因を探す方が妥当かもしれない。しかし、ネアンデルタール人の四肢長骨の長さは現代人の変異幅に入っており、身長の成長速度は現世人類に比べて速いとはいえない。したがって、共通要因があるとしても骨端軟骨部での成長ではなく骨膜での成長を左右するものであるか、さもなければ共通要因は骨端軟骨部での成長も骨膜での成長も左右するが、別の要因が骨端軟骨部での成長を妨げているのであろう。



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おわりに

 今回の推定は、頭骨全体を顔面と脳頭蓋に不連続に分けるというかなり荒っぽい方法で行った。しかし、方法論上の技術的限界は、近い将来に解決されるであろう。たとえば、MRIによる画像計測のような方法を用いれば、頭骨特徴点間の三次元位置関係の個人追跡データを収集することも不可能ではない。このようなデータがあれば、頭骨の部位による実際の成長速度の違いを知ることができる。また、三次元形状の分析方法の発展により、平均的な三次元形態を求めることができるようになりつつある。デデリエやアムッドのような個人のデータではなく、平均形状を使えばネアンデルタール人頭骨の成長過程は、より現実的なものになるであろう。しかし、このためには今後さらにネアンデルタール人の子供の骨格資料が蓄積される必要がある。今後、もっと定量的に成長過程の研究ができるようになれば、われわれの推定した形態がどの程度妥当であったか明らかになるであろう。




【参考文献】

Farkas, L. G. and Posnick, J. C. 1992. Growth and development of regional units in the head and face based on anthropometric measurements. Cleft Palate-Craniofacial Journal 29: 301-329.
Goldsten, M. S. 1936. Changes in dimensions and form of the face and head with age. American Journal of Physical Anthropology 22: 37-89.
Terada, H. and Hoshi, H. 1965. Longitudinal study on the physical growth of Japanese. (1) Changes in the cephalic index during the first three years of life. Acta anatomica Nipponica 40: 116-123.



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