デデリエ一号幼児人骨

近藤 修
東北大学医学部
百々 幸雄
東北大学医学部



 デデリエ(Dederiyeh)一号幼児人骨は、一九九三年夏、日本-シリア合同調査団によってシリア北西部のデデリエ洞窟より発見された。この洞窟からはすでに人骨片が発見されていたが、ほとんどが後世の撹乱層から発見されており[Akazawa et al. 1993]、一個体の骨格が発見されたのはこれが初めてである。発見層位は中期旧石器時代の堆積中であり、頭蓋、体幹骨、上肢・下肢の長骨などが解剖学的な位置を正しく保っていた。これは当時の人々が意図的に埋葬したことを強く示唆している[Akazawa et al. 1995a, 1995b]。


 骨格の保存状態は極めて良好であった[挿図1]。幼児骨は、現代、近世のものであっても成人骨と比べると脆く、かつ小さく、保存されにくいものであるが、この人骨は化石人骨資料としては稀に見る保存の良さである。しかし、実際には個々の骨は細かく亀裂が入り、多くの細片に断片化した状態であり、骨に付着したマトリックスをクリーニングする際に一度一片一片の断片に分解し、それを接合するという作業が必要であった。このクリーニング、接合、保存処理には約半年を要した。頭蓋は前頭部を大きく欠損しているものの、その他の脳頭蓋、眼窩周辺、上顎の一部、下顎は保存され、頭蓋、顎顔面についても形態学的観察を行なうことができた。四肢骨は頭蓋以上に保存状態が良く、主な四肢骨、骨盤、体軸骨格が残る。椎骨と左肋骨はすべて同定されている[Akazawa et al. 1995b; 近藤・百々一九九七b]。


[挿図1]交連骨格復元完成図
関接部分、白抜き部分以外は骨格が保存されていた。

[年齢推定] この幼児人骨の年齢は、歯の萌出・形成程度などからおよそ二歳弱と推定されている[挿図2、Akazawa et al. 1995a, 1995b; Dodo et al. n.d.]。表1にはデデリエ一号とフランスのペシュ・ドゥ・ラゼ(Pech de l'Azé)出土ネアンデルタール幼児の下顎歯の発達段階の比較を示した。明らかにデデリエの方が形成段階は早く、ペシュ・ドゥ・ラゼの年齢が約二歳から三歳と考えられていることから、デデリエはより若く死亡したことがわかる。


[挿図2]デデリエ一号下顎骨
乳歯がまだ完全に生えきっていない(咬合面に達しているのは左右乳中切歯+第一乳臼歯のみ)。オトガイの未発達、咬合面に対してオトガイ面が後退している。二重オトガイ孔といったネアンデルタール的特徴をもつ。

[表1] デデリエとペシュ・ドゥ・ラゼの下顎歯の発達段階の比較 (Dodo et al., n.d. より改変)
Dederiyeh   Pech de l'Aze
Permanent teeth
I1   Cr1/2     Cr3/4
I2   Cr1/2     Cr3/4
C   Coc     Cr1/2
PM1   ?   Cco
PM2   ?   -
M1   Cr3/4   =   Cr3/4
Deciduous teeth
i1   A1/2     Ac
i2   Rc     A1/2
c   R1/2     Rc
m   Rc     Ac
m2   R1/4     Rc
*Cco:咬頭の融合、 Coc:咬合面の輪郭完成、
Cr1/2:歯冠 1/2 完成、 Cr3/4:歯冠 3/4 完成、
R1/4 :歯根長 1/4、 R1/2:歯根長 1/2、
Rc:歯根長完成、 A1/2:根尖 1/2 閉鎖、
Ac:根尖閉鎖完成
石灰化の標準段階は Moorrees et al. 1963 を参照。

**ペシュ・ドゥ・ラゼの発達段階は Faerman et al 1994 を参照

[身長推定] 身長は、四肢骨の長骨長さに基づく推定式からは約八三センチ、復元交連骨格からは約八二センチと推定され、これはアメリカ白人男子の変異幅にはいる[挿図3]。これまで発見されているネアンデルタール幼児骨と比べると(図中黒四角)年齢の割には身長が高かったようである[Kondo et al. n.d.]。


[挿図3]アメリカ白人男子と幼小児化石人骨の推定身長の比較
アメリカ白人男子変異幅は五−九五パーセントタイル、黒丸は中央値を示す。大黒丸は早期新入、黒四角はネアンデルアタール人の推定身長を表す[Kondo et al. n. d. より改変]

[形態的特徴と分類上の位置] レヴァント地方における中期旧石器時代の化石人類にはネアンデルタール人と、いわゆる早期新人(early moderns)あるいは解剖学的現代人(anatomically modern Homo sapiens )がいるが、現代人の起源をめぐる論争においてこの二つの人類集団の関係が重要な問題と考えられている。最近の研究では、我々現代人に直接つながると考えられている早期新人のほうが、ネアンデルタール人よりもより古い時代に生きていたことがわかってきたからだ[例えばStringer and Gamble 1993 など]。ムステリアン型と呼ばれるよく似た石器を使用していたこの二つの集団の時代的、地域的な分布を正確に押えることが重要であるが、これまでこのレバント地方で層位的、年代的に明らかな人骨が発見されたのは、イスラエルのカフゼー洞窟とケバラ洞窟のみである[Vandermeersch 1981; Bar-Yosef and Vandermeersch 1991]。カフゼー洞窟では早期新人が、ケバラ洞窟ではネアンデルタール人が発見されている。最近、これもイスラエルであるが、アムッド洞窟が再発掘され、ネアンデルタール幼児骨が発見されている[Hovers et al. 1995]。したがって、このデデリエ幼児がネアンデルタールなのかあるいは早期新人に属するものなのかを判断することがまず重要となってくる。

 結論から言うと、デデリエ一号はネアンデルタール幼児骨と考えられる。それはこの人骨が、ヨーロッパのネアンデルタール幼児骨と共通する形態特徴を多く持っているからである。今のところレバント地方では比較に耐えられる頭蓋、四肢骨をもったネアンデルタール幼小児は発見されておらず、早期新人の子供がイスラエルのカフゼー洞窟とスフール洞窟から発見されているのみである。したがって比較に用いられるネアンデルタール小児骨はヨーロッパのものが中心である。


[脳頭蓋] 脳頭蓋は後面観において風船を縦に潰したように丸く、高さの割に幅が広い[挿図4]。ネアンデルタール幼小児は年齢に比べ幅広い脳頭蓋を持っているようである。後面から見たその輪郭は丸く、最大幅をとる位置が現代型新人よりもやや低くなる。


[挿図4]復元された頭蓋
左上−右斜面観、右上−左側面観、左下−後面観、右下−底面観

 後頭骨にはイニオン上窩と横後頭隆起が確認される。成人ネアンデルタールではこの特徴がセットになって見られることが多いことがわかっている。

 頭蓋底を脊髄が貫く部分に当たる大後頭孔は完全には保存されていないが[挿図4]、その右側の輪郭から、大後頭孔は前後に長い楕円形をしていたと予想される。この特徴は最近イスラエルで発見されたアムッド七号幼児骨にも見られる[Rak et al. 1994]。

[顔面頭蓋] 保存部位が少ないが、ここにもネアンデルタール的特徴が見られる。鼻骨が前頭骨と関節する部位が保存されており、これを復元すると、かなり突出した鼻となり、成人ネアンデルタールの特徴である中顔部の突出が観察される[挿図4上段]。また、右頬骨では前頭突起が長く、眼窩外側の弯曲はなだらかで、眼窩が丸く、高いことを示している。前頭突起と、頬骨全体の高さの比を比べてみると[挿図5(a/b)]、デデリエはヨーロッパのネアンデルタール幼小児であるペシュ・ドゥ・ラゼ、ラ・キナ十八号と同様に、現代日本人小児の変異幅を越えるところに位置する。


[挿図5]頬骨前頭突起長さ示数(=a/b×100、図中)の比較
黒丸はネアンデルタール幼小児骨[Dodo et al. n. d. より抜粋]。

[下顎骨] 特筆すべきネアンデルタール的特徴は、未発達なオトガイとそれにともなって下顎正中部が咬合面となす角が鋭角になり、顎先が後退して見えることである[挿図2]。これらは古い化石人骨に共通して見られる特徴であるが、現代人ではこの角度が九〇度近くになっている。また、二重オトガイ孔が見られ、これは成人ネアンデルタールにもしばしば見られることがわかっている。

[四肢骨] 四肢骨にはネアンデルタールだけに特徴的に見られる形質(固有派生形質)は少なく、多くの特徴は古い化石人骨に共通に見られる原始形質であるが、その中のいくつかには早期新人と異なる傾向が知られている。それらはネアンデルタールの鎖骨が比較的長いこと、大腿骨、脛骨は関節部が大きく、がっちりしており、前後に弯曲が強い。恥骨上枝が長い。四肢骨の近位に比べて、遠位の部分の骨が短いことなどがある。デデリエにもこれらの特徴があてはまる。

 四肢骨の長さをもとにしたプロポーションの比較を挿図6に示した。腸骨幅に対する恥骨上枝の比はデデリエは極端に大きく、これはラ・フェラシー六号というネアンデルタール幼児にも同様の傾向が見られる[Tompkins and Trinkaus 1987]。この特徴は成人ネアンデルタールにも顕著であり、ネアンデルタールに固有の形質と考えられるものである。

 鎖骨/上腕骨、脛骨/大腿骨の比にもネアンデルタール的な傾向が見られる。すなわちデデリエの鎖骨は比較的長く、脛骨は大腿骨に比べ短い。イスラエルで発見されている早期新人の小児であるスフール一号人骨はこの二つの形質でかなり異なった傾向を示している。


[挿図6]四肢骨長さ示数の比較
ASL/LB=恥骨上枝長さ/腸骨幅、Clav-hum=鎖骨/上腕骨、Brachial=橈骨/上腕骨、Crual=脛骨/大腿骨。
黒丸はネアンデルタール、黒四角は早期新人。Ded: デデリエ1、Roc: ロック・ドゥ・マルサス、Fer: ラ・フェラクシー6、Sk1=スフール1[Dodo et al. n. d. より抜粋]。


デデリエ一号人骨発見の意義

 以上のように、デデリエ一号人骨は形態的に見てネアンデルタール人と考えられる。このことはレバントにおけるネアンデルタール人の分布をイスラエルからかなり北部にまで広げ、この地域に生息したネアンデルタール人の系譜に関して新たな事実を提供したと言える。またこの人骨は幼児であるにも関わらず非常に保存状態が良いので、化石人骨の個体発生、成長といった問題に対しても有効な一資料となると考えられる。この分野は幼小児の化石人骨が絶対的に個体数が少ないこともあって、今まであまり研究がなされなかったが、人類進化の中で個体発生の重要性は古くから指摘されており[例えばポルトマン一九六一など]、今後関連する研究が増えることと思われる。




【参考文献】

近藤修・百々幸雄、一九九七年a、「デデリエ・ネアンデルタール幼児骨格の復元」『形態科学』第一巻、二一−二四頁
近藤修・百々幸雄、一九九七年b、「デデリエ・ネアンデルタール——資料整理から骨格復元まで」『古代文化』
ポルトマン・アドルフ、一九六一年、『人間はどこまで動物か』、岩波新書(高木正孝訳)
Akazawa, T., Muhesen, S., Dodo, Y., Kondo, O. and Mizoguchi, Y. 1995a. Neanderthal infant burial. Nature 377: 584-585.
Akazawa, T., Muhesen, S., Dodo, Y., Kondo, O., Mizoguchi, Y., Abe, Y., Nishiaki, Y., Ohta, S., Oguchi, T. and Haydal, J. 1995b. Neanderthal infant burial from the Dederiyeh Cave in Syria. Paléorient 21: 77-86.
Akazawa, T., Dodo, Y., Muhesen, S., Abdul-Salam, A., Abe, Y., Kondo, O. and Mizoguchi, Y. 1993. The Neanderthal remains from Dederiyeh cave, Syria: Interim report. Anthropol. Sci. 101: 361-387.
Bar-Yosef, O. and Vandermeersch, B. 1991. Le Squelette Moustérien de Kébara 2. Paris: C.N.R.S.
Dodo, Y., Kondo, O., Muhesen, S. and Akazawa, T. n. d. Anatomy of the Neanderthal infant skeleton from Dederiyeh Cave, Syria. In: T. Akazawa and O. Bar-Yosef eds., Neanderthals and Modern Humans in West Asia.
Faerman, M., Zilberman, U. and Smith, P. 1994. A Neanderthal infant from the Barakai Cave, Western Caucasus. J. Hum. Evol. 27: 405-415.
Hovers, E., Rak, Y., Lavi, R. and Kimbel, W. H. 1995. Hominid remains from Amud Cave in the context of the Levantine Middle Paleolithic. Paléorient 21: 47-61.
Kondo, O., Dodo, Y., Akazawa, T. and Muhesen, S. n. d. Estimation of stature from the skeletal reconstruction of an immature Neanderthal from Dederiyeh Cave in Syria. (in preparation)
Moorrees, C. F. A., Fanning, E. A. and Hunt, E. E. 1963. Age variation of formation stages for ten permanent teeth. Journal of Dental Research 42: 1490-1502.
Rak, Y., Kimbel, W. H. and Hovers, E. 1994. A Neandertal infant from Amud Cave Israel. J. Hum. Evol. 26: 313-324.
Stringer, C. and Gamble, C. 1993. In Search of the Neanderthals. London: Thames and Hudson.
Tompkins, R. L. and Trinkaus, E. 1987. La Ferrassie 6 and the development of Neandertal pubic morphology. Am. J. Phys. Anthropol. 73: 233-239.
Vandermeersch, B. 1981. Les Hommes Fossiles de Qafzeh (Israël). Paris: C.N.R.S.




567-デデリエ一号人骨、模型、シリア、デデリエ、ムステリアン期、人類先史部門




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