はじめに

大野盛雄東京大学名誉教授(1925—2001)は、日本列島はもとより、南米や西アジアなど世界各地の村落経済研究に大きな貢献をなした人文地理学者である。各所の調査地に長期滞在して村落経済の定点観測をおこなう一方、ユーラシア規模の踏査旅行にもとづく比較研究を実施するなど、深く、かつ広い視野をもった本格的フィールドワーカーであった。1950年代前半以降半世紀にもおよぶ研究生活が残したフィールドノート、写真類、地図などの資料一式が、2003年、ご遺族によって総合研究博物館に寄贈された。本書はその目録を提示するものである。

本学理学部で地理学を修めた後、経済学部をも卒業なさった経歴から推察されるように、大野教授の野外調査、研究の主眼はモノ分析というよりヒトの活動の社会科学的な解析におかれている。また、残された資料も標本というよりは、紙媒体の記録類が中心である。モノにかかわる自然史・文化史の総合研究をになう本館の守備範囲からすれば、それらは一見、異質なコレクションにもうつる。しかしながら、それらにはモノの研究者にも直接資するような情報が多々含まれている。

たとえば、コレクションの中核をなすと言ってもよい一群は1960—1970年代に記録されたイラン村落調査資料であるが、その調査地域の一部は本学東洋文化研究所の考古学調査団が1956年以来続けていたファールス地方の農村遺跡発掘調査地に重なっている。また、1990年代以降に実施されたトルコの農村調査も、財団法人中近東文化センター(当時)が実施していたカマンカレホユック遺跡の調査を機縁としている。いずれの考古学発掘も遺構やモノをとおして過去の村落を調べるものであったが、その研究に実地調査に基づく現地伝統村落社会や風土の記載データが参考にならないわけはない。同様に、大量に残された地図や写真類は地域の自然史を解析する研究者にとっても大いに参照しうる貴重なデータを含むにちがいない。

貴著な資料を寄贈下さったご遺族、なかんづく幸子夫人には深甚の謝意を表する次第である。また寄贈にあたってお力添えくださった本館大場秀章教授(現名誉教授)にも厚く御礼申し上げる。資料整理は、大野教授と長く親交があり、その学問を熟知しておられる大東文化大学原隆一、東京国際大学南里浩子両氏が全面的に担当くださった。本書作成にむけての編集作業は、総合研究博物館三國博子、小川やよい、慶應義塾大学大学院有吉亮各氏らの協力を得てすすめた。また、一部資料の写真撮影は本学東洋文化研究所の野久保雅嗣氏に担当いただいた。

ご支援いただいた多くの方々に感謝しつつ、本コレクションが20世紀の村落経済の社会学的な解析をおこなう研究者のみならず、はるかな過去をみつめる文化史、自然史の研究者にも広く活用されることを期待するものである。


 東京大学総合研究博物館
西秋良宏

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