The University Museum, The University of Tokyo : Material Report No.115
大野盛雄教授 年譜
以下は「大野盛雄略年譜」「調査歴」『大野盛雄 フィールドワークの軌跡 I―50年の研究成果と背景―』(原隆一・南里浩子編、大東文化大学東洋研究所、2017年所収)をもとに再編したものである。
1925年 | 東京府北豊島郡日暮里町に生まれる |
1947年 | 東京帝国大学理学部地理学科入学 |
1950年 | 地理学科卒業、 東京帝国大学経済学部経済学科学士入学 |
1952~1955年 | 飯塚浩二指導のもと、北海道(岩内、浜中、増毛)、千葉県千倉、山口県大島郡沖家室で漁村調査、1953年3月に経済学科を卒業、4月に東京大学東洋文化研究所助手 |
1955~1956年 | 泉靖一、蒲生正男、塚本哲人、島澄らとともにブラジル、サンパウロ市郊外スザノとビラキのコーヒー農園、アマゾンの日本移民入植地とジュート生産の調査 |
1957~1958年 | 石川県七尾、静岡県伊東市富戸で漁村調査 |
1959~1960年 | パラグアイの日本人入植地ラ・コルメーナで綿生産の調査、この間、サンパウロ社会政治学院で客員教授をつとめる |
1961年 | 明治大学専任講師 |
1963~1965年 | イラン農村調査、アジア経済研究所の海外派遣員としてイランに赴き、ベヘジャトアーバード、サーアトルー、ヘイラーバードで調査、この間、東京大学専任講師となる。帰国後、東京大学助教授 |
1966~1967年 | イラン農村調査、日本学術振興会の西アジア地域研究センター開設のためイランに赴き、エブラヒームアーバード、チャムで調査、この間、パフラヴィー大学客員教授、ブラジル渡航 |
1968年 | 東京大学教授 |
1970年 | 西アジア農村の人文地理学的調査、アフガニスタンのカバービアンとピアルヘイルで調査 |
1972~1973年 | 西アジア農村の人文地理学的調査、イランのポレノウで調査 |
1974年 | 西アジア農村の人文地理学的調査、イランのヘイラーバードで調査 |
1975~1976年 | イランのシーラーズ、ポレノウ、ヘイラーバードで調査、76年に東京大学東洋文化研究所所長 |
1978~1980年 | 日本学術振興会西アジア地域研究センターに赴任、イラン、アフガニスタン、トルコで調査、この間イラン革命に遭遇し、これを調査 |
1981年 | ブラジルで調査 |
1982年 | 東京大学東洋文化研究所所長再任 |
1983年 | 財団法人世界経済情報サービスによる海外出張、イランのヘイラーバードで調査 |
1984~1985年 | イランのヘイラーバードで調査、トルコのイスタンブル大学でトルコ語の学習 |
1986年 | 東京大学退官、大東文化大学教授 |
1988~1989年 | 第1次・米の道の研究のため、イラン、シリア、トルコを調査 |
1990年 | 大東文化大学国際関係学部の現地研修交渉のため上海へ赴く、トルコで調査 |
1991~1992年 | トルコ、イランを調査、また第2次・米の道の研究のためトルコ、エジプト、ポルトガルで調査、京都大学東南アジア研究センターによる北欧調査、トルコのイズミル大学でトルコ語の学習、1992年に大東文化大学を辞職 |
1993年 | 第2次・米の道の研究のためトルコ、カザフスタン、キルギスタン、ウズベキスタンで調査 |
1994年 | トルコのカマン、チャーウルカンで調査、また中近東文化センターによるカマン・カレホユック遺跡調査隊の隊員となる |
1995~1999年 | トルコのカマン、イランで調査、1996年にユーラシア大陸バス旅行 |
1999~2000年 | 世界一周の航海をする、トルコのカマンで調査 |
2001年 | 4月、逝去 |