The University Museum, The University of Tokyo : Material Report No.133
はじめに
大沼克彦博士は長く国士舘大学で教鞭をとられた先史考古学者である。石器技術研究を専門として、1980年代のロンドン大学留学時に、当時、先史時代の打製石器複製研究の第一人者であったM. ニューカマー(Newcomer)博士に師事したことを機にさらに飛躍し、今日までこの分野の研究を牽引されてきた。東京大学理学部での先史学実習を長らく担当されてきたほか、筆者らの総合研究博物館においても数々の共同研究に従事された。その縁あって、研究教育用に自身で製作された打製石器ならびに、その製作道具、さらには実験ノートなどの記録類が2017年から2019年にかけて、総合研究博物館に寄贈された。本書は、その資料目録である。
東京大学総合研究博物館の標本資料目録は収蔵品を資料化する冊子であるが、このように、研究者自身が復元製作した標本を目録化したのは初めてのことではなかろうか。復元石器コレクションとは、芸術家の作品集のようなものであるが、今回のコレクションの特徴は本人が製作の意図や経緯を記述した実験ノートや、実験結果を分析して公表された論文が付随していることである。総合研究博物館で定義している“学術標本”とは、教育研究の過程で産み出された標本類を言う。まさに、そのものである。
類似のコレクションとしては、米国の著名な石器製作者であったドナルド・クラブトリー(D. E. Crabtree: 1912–1980)が残した複製石器がアイダホ大学に保管されている(Don Crabtree Lithic Technology Collection)。それが新大陸の先史時代石器群に重きをおいていたのに対し、大沼コレクションは、アジアを中心にした旧大陸の石器技術に焦点をあてている。
考古学者は先史時代の人々が残した石器資料を日々、分析研究している。しかし、数千年、数万年以上も前の製作者の意図や仕草を石器をとおして理解するのは容易ではない。大沼コレクションのように、製作の目的もプロセスもわかっている資料は、行動と石器標本との関係理解の橋渡しとなる。石器製作者の経験を研究者が追体験することを可能とする点、今回のコレクションはきわめてユニークである。
希有なコレクションを寄贈いただいた大沼博士には深甚の謝意を表する次第である。
コレクションの整理、本書編集にあたってご協力いただいた総合研究博物館鈴木美保、清田馨、人文社会系研究科博士課程池山史華、掲載写真の撮影をいただいた東洋文化研究所野久保雅嗣ら諸氏にも深く御礼申し上げたい。北海道遠軽町教育委員会には、同町企画製作DVDからの画像利用を御許可いただいた。また、本書は、令和5年度総合研究博物館プロジェクト経費の成果の一部であることも記して謝辞としたい。
東京大学総合研究博物館
西秋良宏