The University Museum, The University of Tokyo : Material Report No.111
はじめに
小堀巌教授(1924-2010)は、世界各地に所在する乾燥地帯の自然とそこに生きる人々の生態をフィールドワークにもとづいて探求なさった人文地理学者である。大学で教鞭をとる一方、ユネスコ世界乾燥地研究センター理事、国連大学副学長、日本沙漠学会初代会長なども歴任しつつ、現地社会の発展を期した国際的な支援、友好活動においても大きな貢献をなさった。乾燥地の一般的な表記である「砂漠」を「沙漠」と記すことを主張なさったことでも知られている。
沙漠調査は1956年のイラク、イランから始まり、お亡くなりになる直前まで半世紀以上にわたって続いた。足跡は、ユーラシア大陸はもとよりアフリカ、オーストラリア、新大陸まで汎地球的に展開している。その間の海外調査で収集された標本類は膨大である。東京大学在職中のコレクションの多くは、部門主任をつとめていただいた本館地理部門に収められていたが、転出後の収集標本は各所に散在して保管されていた。今般、お亡くなりになった後、ご遺族、関係者のご厚意によって、その全てが2012年に総合研究博物館に集結されるにいたったのは幸いというよりない。本誌は、その目録化作業の成果の一部である。
収集標本は、岩石、土壌などのいわゆる自然地理標本にとどまらず、民族資料、考古遺物などの人文標本まで多彩である点に大きな特徴がある。収集の観点が種別や時代、地域による選別ではなく、乾燥地という生態系でくくられた標本だからである。乾燥地は南北両半球、新旧両大陸にひろがっているし、地理学的形成過程、そこにすむ民族集団もさまざまである。沙漠=乾燥地というキーワードを元に、自然史、文化史を問わず横断的に集められた標本資料ははなはだユニークである。
そして、もう一つ、本コレクションの重要性として、その歴史的価値を指摘しておきたい。小堀教授は、東京大学が第二次大戦戦後初期から今も続ける長期的大型海外調査の草創期から活躍したフィールドワーカーであった。イラク・イラン遺跡調査(1956年—)、西アジア洪積世人類調査(1961年—)、アンデス調査(1958年—)という三つの大型プロジェクトに参加した唯一の研究者である。したがって、本コレクションに含まれる収集標本やドキュメントは我が国の海外学術調査の歴史をたどる上でも欠かせない資料となりうる。
本誌第一部では、考古民族学的標本、すなわち人文学的なコレクションを収録した。作成にあたっては、総合研究博物館地理部門主任茅根創教授には構想段階から全面的な協力をいただき、同栗栖晋二技官には実務的な援助をいただいた。また、秋田大学縄田浩志教授、総合地球環境学研究所石山俊研究員は、明治大学、国連大学、総合地球環境学研究所などに散逸していた資料群を集める作業にご尽力くださったうえ、整理作業にあたっても専門的知識を活かして多大なる助言をくださった。そして、出版にあたって写真撮影を引き受けて下さったのは上野則宏(上野写真事務所)、野久保雅嗣(東京大学東洋文化研究所)両氏である。さらに清水幸恵氏(慶應義塾大学)にはデータのとりまとめにおいて大いに助力いただいた。
この種の個人研究コレクションの整理には困難な点が多々ある。標本にかかわる付随情報が乏しいからである。当人以外には解釈困難なメモしか残されていない標本の出所や名称を鑑定することは容易ではなく、関係する識者の専門的知見提供が欠かせない。小堀コレクションの整理にあっても実に多くの方々を煩わせた。ご芳名を掲げ、謝辞とさせていただきたい(五十音順)。
アブドゥルラフマーン・ベンハリーファ(Abderrahmane Benkhalifa, Ecole Normale Supérieur, Algeria)、有松唯(東北大学)、池田博(総合研究博物館)、石井龍太(城西大学)、小髙敬寛(総合研究博物館)、清田馨(総合研究博物館)、佐々木猛智(総合研究博物館)、佐野真奈美(慶應義塾大学)、下釜和也(古代オリエント博物館)、津村眞輝子(古代オリエント博物館)、鶴見英成(総合研究博物館)、馬場匡浩(早稲田大学)、藤井龍彦(国立民族学博物館)、松谷敏雄(東洋文化研究所)、湯浅浩史(東京農業大学)。
以上、本書作成にあたってご尽力くださった多くの方々に篤く御礼申し上げる。にもかかわらず目録に残された不備はもちろん筆者らの責任である。
東京大学総合研究博物館
西秋良宏