本書掲載標本について

1.標本の入手経緯

江上教授はユーラシアを中心として世界各地で考古民族系標本を収集している。このうち、学術調査で集められたコレクションは大きく三つに分けることができる。

第一は、東京大学在職前に東アジアで集めた標本群である。江上教授は、1930年、東京帝国大学文学部東洋史学科を卒業後、東亜考古学会北支留学生として北京に留学し、中国、内蒙古で広範な野外調査をおこなっている。このときの収集品の大半は、教授自身が生前、東洋文化研究所に寄贈された。また、一部は、没後、横浜市立横浜ユーラシア文化館、総合研究博物館に寄贈された。後者が、第1部にカタログ化した標本に相当する。

第二は、東京大学在職中に収集した資料群である。江上教授は1948年から1967年まで東洋文化研究所に在職され、その間、1956年から1965年まで東京大学イラク・イラン遺跡調査団を率いておられる。同調査団は日本から派遣された最初の本格的西アジア学術調査団として、膨大な標本群を東京大学に将来した。それは全て、総合研究博物館に収蔵されており、考古美術部門所蔵考古学資料目録として刊行が進んでいる(第1部〜9部まで刊行済み)。

第三は、1967年に東京大学を退官なさった後の学術調査収集品である。その後は、札幌大学、東海大学、上智大学などで教鞭をとり、さらには(財)リトルワールド、(財)古代オリエント博物館などの館長も歴任された。この間、アジア各地はもとより、北アフリカ、シベリアなどでも新たな野外調査を企画、主導なさっている。ただし、日本に持ち帰った標本は多くないはずである。というのは、各国とも、1970年頃から文化財の国外持ち出しを制限するようになったからである。例外は、当該国の文化財保護を目的とした調査による収集品である。江上教授が1970年代に指揮したシリア、ユーフラテス川上流ダム水没遺跡事前調査による発掘資料の大半は、古代オリエント博物館におさめられている。

さて、本書で言う私的収集品というのは、上記のような学術調査隊を率いて集めた公式標本以外の標本のことである。江上教授の回顧談によれば、旧制中学時代、担任の先生に連れられて出かけた信州で「初めて土器や石器を拾うことを覚えた」のだという(『人間・江上波夫』、シルクロード立体展実行委員会/株式会社NHKアート、66頁、1992年)。以後、生涯をかけて集められたコレクションの全貌は不明である。今回、カタログ化した資料は、量的にはその一部に相当する。

上記のような学術調査資料は論文、学術書に記載が残っているから、入手経緯の推定は比較的容易である。しかし、私的収集品の入手経緯は同定困難である。学術調査、あるいは、国際会議、視察などで頻繁にでかけた海外出張の際に、多くが入手されたものと推定する。同定の手がかりとするために、3頁からはじまる年表に、現在判明しているかぎりの、戦後の海外出張歴を整理した。第1部には戦前の調査歴を集成してある。あわせて参照されたい。


2.標本の掲載

本書掲載標本の内訳は以下のとおりである。

考古民族資料等:617件3157点
絵画、書:82件84点
写真、テープ:29件421点
古文書:1件1点
測量原図、書類等:14件781点
合計:743件4444点

第1部で掲載したのが398件1660点であるから、寄贈標本総数は1141件6104点となる(蔵書、音楽レコードは除く)。

巻末資料目録の記載方法は、第1部に倣い以下のようにした。

  • 計測値は1mm単位で表記した。1件につき複数のものが登録され、かつ大きさが甚だしく異なるものは最小‐最大を記載した。
  • 注記・ラベル類が付されている標本については、その内容を鉤括弧内に記した。判読できなかった文字は□で表した。
  • 写真図版に掲載されたものは、備考欄にPlate番号を記している。
  • 年代は、専門分野ごとの慣習にしたがったため、表記を統一はしていない。

既刊刊行物に図示されている場合、下記の略号で出典を示した。

『館址 東北地方における集落址の研究』:江上波夫、関野雄、櫻井清彦編著(1958)『館址』東京大学出版会

『古代オリエント博物館開館記念特別展』:財団法人古代オリエント博物館(1978)

『内陸アジア史研究』:小沼孝博(2005)「江上波夫氏旧蔵の清代乾隆期のホブドを中心とする一地図について」『内陸アジア史研究』第20号、内陸アジア史学会

『Terra-Cotta Figurines and Model Vehicles』: H. Liebowitz(1988) Terra-Cotta Figurines and Model Vehicles, Maribu.

『Погребальный обряд Покровской культуры (IX-XIII вв. н.э.)』 : Ю. М. Васильев (2006)  Погребальный обряд Покровской культуры (IX-XIII вв. н.э.), Дальнаука.


EG03.29-306の東安漢里石棺拓本に関しては「京都大学人文科学研究所所蔵石刻拓本資料」のデータベースを参照した。

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