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新規所蔵の工部省工学寮製図学関連史料

西野 嘉章


平成10年7月大学院工学系研究科産業機械工学専攻設計工学研究室より、明治最初期の製図学関連史料が総合研究博物館へ移管された。

平成9年秋の東京大学創立百二十周年記念東京大学展「学問の過去・現在・未来」の準備にさいし、博物館では学内諸部局に呼びかけ、明治初期の教育関連史料に関する調査を行ったが、今回、移管された物品については、その存在を確認できていなかった。その時の調査結果によると、工部大学校の前身にあたる「工部省工學寮」に関する史料として確認できたのは、『工學寮學課並諸規則』他の若干の文字資料と同寮蔵書百二十七冊、および「明治九丙子十月 工學電測□□製造」の銘の刻まれた水準器のみであった。そのことからして、今回新たにその存在が確認された黄銅製製図用具は、それよりさらに古い「明治九年二月 大日本工部省工學寮工作所製造」の銘を持つものであり、歴史的に見て極めて重要な史料であると言うことができる。

コンピュータ 修理中の大型資料

工部省工學寮は、欧米から工業技術を導入するため、工部省の一等寮として設立が認められた工業教育機関である。工學寮を率いたのは工部省創設を建白し、明治3年にそれを実現した工部大丞山尾庸三であった。寮舎は虎ノ門の旧延岡藩邸にあった。

明治5年岩倉使節団の副使として渡欧した工部大輔伊藤博文は、工學寮の都検(後の教頭)と教師の選定にあたるべく、在日経験のあった英人マセソンの協力を得て、ヘンリー・ダイヤーと他四名の教授、二名の助手を雇い入れることを決定した。彼らが来日するのは明治6年6月であるが、そのさいに伊藤博文は英語教師と製図担当教師の二名の増員を認め、総員九人の教授団が日本を訪れることになった。開講は同年8月。鈴木一義によると、「八十三名の志願者に対して試験がなされ甲乙各二十名の入学が許可され、予科二年、専門科二年、実地科二年の計六年を修業年とした全寮制のエンジニア教育がスタートした」(「日本の機械工学教育」、西野嘉章編『学問のアルケオロジー』、1997年、384頁)という。

こうした経緯を考えると、「明治九年二月」の年記は第一期生が二年間の予科を終え、専門科に進学した頃にあたる。製図学は、機械工学や造船学の予科と専門の基礎学であり、おそらく製図用具、物差し、パントグラフなど、どれも大いに重宝がられたに違いない。英国スタンレー社製の物差し一揃いは実に精度が高く、残念なことに一本欠けているものの、保存状態は極めて良好。おそらく、これを基にして作られたものと考えられる象牙製の和尺、鯨尺、洋尺のセットも見事な出来栄えであり、工學寮における教育水準の高さを窺わせる。場合によると、これらは国内で作られた最初のインチ尺、センチ尺の物差しである可能性も否定できない。

なお、これらの貴重史料とともに、上記研究室より大型天秤部品類、機械図面凸版原版、小型金属弾性試験器他が、また工学系研究科機械工学専攻機械工学科浅田・中村研究室よりスイス製大型金属材料試験器一台が、それぞれ博物館へ移管された。

コンピュータ

■製図器一揃い、一部国産、黄銅製、杉材製ケース(縦575×横215×高58)入り、表に「大日本工部省工學寮製造」の焼印あり

・金属製分度器、黄銅にガラス、最大長550、直径195、
「明治九年二月 大日本工部省工學寮工作所製造」の銘あり
・木製三角定規(大)、縦辺547×横辺195、「29  8」のシール
・木製三角定規(中)、縦辺272×横辺 95、「29 11」のシール
・木製三角定規(中)、縦辺272×横辺95、「29 12」のシール
・木製三角定規(中)、縦辺272×横辺95、「29 13」のシール
・木製三角定規(小)、縦辺195×横辺79、「29 16」のシール
・木製三角定規(小)、縦辺272 x 横辺 79、シール無し
・和尺(寸尺)+円周尺(センチ尺)、象牙に黄銅、長309×幅29、表に「工部大學校製」の銘あり、「29 1」のシール
・英尺(インチ尺)、象牙に黄銅、長309 ×幅29、表に「工部大學校製」の銘あり、「29 2」のシール
・和尺(厘目)、象牙に黄銅、長309×幅29、表に「工部大學校製」の銘あり、「29 3」のシール
・和尺(厘目)+鯨尺(寸尺)、象牙に黄銅、長309×幅29、表に「工部大學校製」の銘あり、「29 5」のシール

・Lows Improved Lettering set-square, Longmans, Green & Co. London、エボナイト製
・Lows Improved Lettering set-square, Longmans, Green & Co. London、エボナイト製
・Lows Improved Lettering set-square, Longmans, Green & Co. London、エボナイト製
・Lows Improved Lettering set-square, Longmans, Green & Co. London、エボナイト製
・D.A. Low's Improved Protractor, Longmans, Green and Co. London, New York and Bombay、エボナイト製
・D.A. Low's Improved Protractor, Longmans, Green and Co. London, New York and Bombay、エボナイト製

■物差し六本一揃い(内一本欠)、英国スタンレー社製(GI TURNSTILE STANLEY HOLBORN W.C. & RAILWAY TERMINUS. LONDON BRIDGE)、ツゲ材あるいはサクラ材、洋材製ケース(縦342×横56×高45)入り、年代未詳、表に「工科機械備」の墨書あり

・Stanley's Engine divided scale great turnstile Holborn London(3 in - 1 1/2)(片面尺)
・Stanley's Engine divided scale great turnstile Holborn London(3/4 - 3/8)(片面尺)
・Stanley's Engine divided scale great turnstile Holborn London(1/4 - 1/8)(片面尺)
・Baker 244 High Holborn London(Metres)(片面尺)
・Stanley Great Turnstile Holborn London(2nd)(両面尺)

■パントグラフ(小)一台、英国製、黄銅に鋼鉄と硬質ゴム、木製ケース(縦693×最大幅150×高80)入り、年代未詳、表に「工科機械備」の墨書あり

■パントグラフ(大)一台、英国製、黄銅に鋼鉄と硬質ゴム、木製ケース(縦966×最大幅150×高93)入り、年代未詳

■製図器部品一個、英国カゼーラ社製(L.Casella, Maker to the Admiralty & Ordnance, London)、黄銅、洋材製ケース(縦943×横105×高45)入り、年代未詳

footer

(本館教授/博物館工学)

  

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Ouroboros 第9号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成11年11月25日
編者:西秋良宏/発行者:川口昭彦/デザイン:坂村健