ガラクタから歴史遺物へ
大学博物館——というより、すべての博物館にとって、重要なのはモノであるということは論を待たない。だが、すべてのモノが今重要かというと、そうでもない。
博物館に行けば、12000年前の縄文の土器など貴重な歴史遺物が眠っている。しかし、これほど古くないものだとどうだろうか。江戸時代の浮世絵なら貴重品であろう。では「仮面ライダーカード」なら——コレクターの間では貴重品でも、博物館に納めるべきものかというと首を傾げる人が多いだろう。
というのは作られていたころの浮世絵は大量生産品で、今のタレントのプロマイドと大して変わりのないモノだった。絵師も版元も刷師も芸術品を作っているという意識もなかった。海外に広まったのも、海外に送る陶器の梱包用の詰め物に流行遅れになった浮世絵を使ったからと言われている。
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ロンドン ユーストン・ストア |
モノがいつ重要になるかだれにもわからない。今は大量に出回っているものも、ガラクタになり、その50〜100年後には貴重品になる。あれほどそこら中に出回っていたものが、その時には世界で数点しか残っていないということもままあることである。
その意味で、モノをきちんと保存することが、まず大事である。しかも、それが貴重なモノになるかどうかもわからないうちから保存しておくとなると、極端に言えばガラクタ置き場である。とにかく場所が必要になる。デジタルミュージアムといっても、モノの保存ということについていえば(管理データベースといった面でコンピュータは活かせるものの)物理的な空間がなければどうしようもない。
そういうこともあって、世界の一流博物館には、たいてい展示スペースの100倍以上の保管スペースがある。もちろん、博物館の建物自体にも常設展示していないモノを置いてあるバックヤードがあるが、博物館が建っているような都会の土地は地価が高いので、大抵別の場所にストアと呼ばれる保管施設を持っているのである(ここでは英国の例を上げるので、英国系の呼称のStore=ストアを使っているが、アメリカではArchive=アーカイブと呼ぶようだ)。 画廊で取り引きされるような、いかにも貴重品というモノを残すときには何ら問題はない。問題なのは浮世絵やライダーカードのような、その当時にはまったくのガラクタと思われるようなものである。これらのモノが、体系付けられたコレクションとして残るにあたり、まず貢献するのが、いわゆるマニア——個人の趣味のコレクターであることは、英国でも日本でも変わらない。
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ユーストン・ストア: 手術灯コレクション |
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ユーストン・ストア:Ferranti Pegasusコンピュータ |
しかし日本では、ガラクタ・コレクションは、多くの場合遺族により「お父さんが死んでやっと捨てられる。せいせいした」というように、処分されることが多い。また、もし博物館に寄贈を申し出ても、土地が高いせいかまっとうな資料の保管場所にもことかくことが多い日本の博物館では、ガラクタの引き取りは拒否されることが多い。たとえ、ガラクタの将来価値を理解している博物館でも——たとえばウチはマンガ雑誌のコレクションなら受け入れるが、駅弁の表紙はカンベンしてくれというように——ジャンル感覚を捨てることができない。結局は保管スペースの問題である。
例えば、英国国立科学産業博物館のユーストン・ストアで見た古今東西の手術灯のコレクション。コレクターの貴族が亡くなって遺族が寄付したものだ、ということであった。
医療用の機器——それも手術灯の古今東西のコレクションをするというのも、不思議なセンスだが、一つ一つが電話ボックスぐらいかさばるモノを何十基も引き取るというのは、ライダーカードのコレクションよりはるかに場所を必要とする。しかし将来「医療機器の歴史」といった展示をするなら、このような初期のものから、さまざまなバリエーションまで含めたコレクションが必要とされることも確かである。
もし、国立科学産業博物館にストアがなく、遺族の提供の申し出を断っていたら、これらの貴重なコレクションはそのまま屑鉄屋行きである。つまり、博物館が常にそういったものを引き受けられるスペースを持っていることは、連続した文化の保存という博物館の機能にとって、必須の要件なのである。
英国のストア
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ユーストン・ストア:歯医者の椅子 |
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ユーストン・ストア:大型のガラス瓶 |
ユーストン・ストアには多くの古いコンピュータが保管され、出番を待っている。そこで、驚かされるのは、Ferranti Pegasusのような「いかにも」という骨董品だけでなく、Apple IIやIBM-PCのようなデスクトップマシンから、東芝のDynaBookのようなラップトップまで、今ならまだそこらへんにあるマシンまで大量のパソコンが保管されていたということである。コンピュータの世界ではもう古いものだといっても、それこそ東京大学のゴミ捨て場に捨てられているようなパソコンが、ラベルを付けられて、保存されていた。まさに、ガラクタが歴史遺物になる現場を見たという印象である。
ユーストン・ストアには他にどのようものがあったかを上げてみると、それがよくわかる。例えば、古今東西の歯医者の椅子が何十基も並ぶ部屋、となりにはやはり歯医者の看板だけ何十枚という具合である。大型ガラス瓶だけが並ぶコーナーや、痰壺だけが並ぶ棚もあった。各種のプラント模型や航空機の風洞実験用モデルなどは、プロジェクトが終わり資料保存の期限が切れると、それぞれの会社から科学産業博物館に贈られるとのことだ。
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スウィンドン ロートン・ストア(元海軍航空隊飛行場) |
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ロートン・ストア:新車発表会 |
また、ここでは格納庫の一つが、大物の補修場として使われており、第二次世界大戦時の戦車や、クラシックカー、蒸気機関車などが修理中だった。これらの大物を補修するとなると、それらの部品を展開するだけでも広いスペースが必要となり、航空機の格納庫は最適といえる。
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ロートン・ストア:コンピュータ | ロートン・ストア:修理中の大型資料 |
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ロートン・ストア:飛行機コレクション | ロートン・ストア:立体倉庫 |
さらに言えば、なんといっても圧巻は飛行機自体の保管である。中型旅客機を始めとする何十機もの飛行機を、そのままの形で展示するというのは都会の博物館ではまず不可能であろう。ここでもスペースが重要な意味を持ってくる。
物理的なスペースという意味ではあまり貢献できないコンピュータだが、ロートンストア唯一の新築倉庫では、コンピュータによる資料管理データベースと半自動の立体倉庫によりスペース拡張に貢献している。格納庫はスペース的には有効だが、保管の環境としてはあまり望ましくはない。そこで、この新築倉庫が作られ、エアロック的な二重の搬入・搬出口と空調により、保管に適した環境が実現された。しかし、このような施設はコストがかかるので、たとえ土地に余裕があっても不必要に大きな空間を作ることは出来ない。そのため、できるだけ空間を有効利用するために、この倉庫では、大量の比較的小ぶりの中物が決まった大きさのパレットに載せられ、10メートル以上の高さのある、巨大な保管棚にのせられて整理されている。ロートンストアの中のモノがすべてデータベース化され、それはロンドンの本館からもアクセスできるようになっているのだが、特にこの新築倉庫にあるモノについては、検索すると同時に棚の中の位置のデータが得られ、半自動のフォークリフトがそのモノを取り出してくるようになっている。これにより、高さ方向とともに、棚の間のスペースを最低限にすることを可能にし、貴重な空調スペースを最大限に活かしていた。
開かれたストア
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博物館敷地でのファッションショー |
研究者や生徒の課外授業などで申請すれば、その日に来館して中の資料を閲覧することが可能である。飛行機や自動車など大きいためにロンドンの本館に展示されていないが、分類整理の終わったモノについては、最低限の説明パネルなども整備されている。
さらに、スペースそれ自体を活かすような利用も積極的に受け入れている。例えば、ロートン・ストアでは、筆者が訪れたおりに、ちょうど新車の発表会のための会場セッティングが行われていた。保管されている飛行機を背景として新車を並べディーラーを呼び、発表後はそのままパーティという段取りであった。
国立の博物館ではあるが、英国では大手の博物館は基本的には独立採算制である。もちろん国立としての年間予算はあり入場料収入もあるが、それでは足りないし、展示を良好に保つメンテナンスやさらに新しい展示の企画やなどにはつねに多くのお金が必要である。
そのため、日本では考えられないことだが、国立の博物館にもかかわらず営業担当の職員がおり、海外へのモノの貸し出しから、スペース貸し、ミュージアムショップでの物販などにより積極的に収益をあげているのである。
例えば、同時期に訪れたロンドンの自然史博物館では前庭でファッションショーを行っていたし、企業のパーティから結婚披露宴までスペースを提供する博物館もある。
日本では賛否両論あるかもしれないが、少なくとも単に収益と言うことだけでなく、こういう機会を通して、より多くの人に博物館に親しんで欲しいという積極的な意志を英国のスタッフ達が持っていることは確かであり、成熟した社会でのパブリックリソースとして、これからの博物館のありかたを考えさせられたのである。
(本館教授/情報科学)
Ouroboros 第9号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成11年11月25日
編者:西秋良宏/発行者:川口昭彦/デザイン:坂村健