そもそも、なぜ立ち上がって二足で歩くようになったの?



 万人が納得のいく説明ができれば、人類学ノーベル賞がとれます(そのような賞はありませんが)。直立二足歩行がどう役立っているのか見ることで、従来から様々な説明がなされてきましたが、どれも最初の原因を説明するには弱いものです。例えば、見晴らしがよくなるとか、採食時に手が届きやすくなるとか、エネルギー効率がよいとか、体温調節に有利だった、などといった説明です。手が自由になる、との理由はもっともですが、そもそも何をするためだったのかが問題です。類人猿はひょこひょこと上手に歩きます。道具もそれなりに使います。では、類人猿以上に上手に二足歩行し、筋骨格系までを大幅に構造改革する必要がなぜあったのでしょうか?
 日本では(も?)あまり人気がない説のようですが、米国のラヴジョイという研究者の面白い説があります。直立二足歩行はペア型の繁殖形態と共に進化しただろう、との説です。環境がしだいに不安定になっていった中新世の時代、例えば1000万年前ごろのことです。オナガザル類が躍進を遂げ始めたころでもあります。オナガザル類は類人猿よりも繁殖率が早く、また葉っぱを消化する特殊な胃や、頬袋といって一時的に食物をためておくパウチなどを進化させたりして、盛んに種分化したり、

熱帯林からサバンナまで手広く進出しはじめていた時期です。そもそも安定した熱帯林に長年適応していた大型の類人猿は、成長も遅く繁殖率も低く、安定した環境でじっくり生きる戦略をとっています。そのため、不安定な環境では不利になってしまいます。
 そこで考えるに、そもそもサバンナで成功していた猿人はどうだったのか。何か繁殖率の向上につながる仕組みをもっていたに違いないのです。そうでなければサバンナには進出できなかったであろう、絶滅したであろう。ラヴジョイの考えでは、そこで直立二足歩行が登場するのです。どんな類人猿でも、一般論として、おそらくオスのほうがどうしても遊動域が広くなります。そこで、もしオスが食物を運搬し、メスとその子供とに食物を分配したらどうか?メスと子供の栄養状況は向上し、食物の確保における無理も減るから、事故やら消耗も減るでしょう。そうなれば繁殖効率が上がり、変動する環境の中でも種として成り立つのだろう、との考えです。ただし、他人の子供に貢献するばかりならば、そんなお人よしの遺伝子は死に絶えますから、たぶんある程度以上安定したペア型の雌雄関係があり、食物運搬・分配行動がそれと同時に進化したのだろう、との学説です。