ラミダスからヘルトまで
ラミダスからヘルトまで








ラミダスの位置


■人類進化の図式


人類進化の図式


1990年ごろまで、人類の歴史400万年といわれていた。当時、もっとも大きな知識の空白は、類人猿から分岐してから400万年前以後のアウストラロピテクスまでの間、それとホモ属出現のころであった。

ラミダスのために新属アルディピテクスを設け、アウストラロピテクスと区別することとした。現地のアファール民族の言葉で、ラミドは「ルーツ」、アルディは「地面」もしくは「地上」、 アルディピテクス・ラミダスとは「地上のサルのルーツ」の意である。そうした思いを込めて命名した。






ラミダスからホモ属まで


■700万年前~100万年前の系統樹



700万年前~100万年前の系統樹


ラミダスの追加発見とその研究を進めている最中、400万年前より古い化石が続々と発見されていった。ラミダスと同様もしくはそれ以上に原始的であり、560万から570万年前のアルディピテクス・カダバ、 570万から600万年前のオロリン(ケニア)、600万年前より古いとされているサヘラントロプス(チャド)である。これらについては、各研究チームが調査を進めている最中であり、その全貌を論ずるのはもう少々先になる。

ラミダス、カダバ、オロリン、サヘラントロプスは、おそらく類人猿と分岐した直後の人類祖先像を示しているのであろう。現在は3属に分類されているが、果たしてそれぞれにそこまで異なっていたのか、実際には分かっていない。 共通に知られている部位には類似点も多く、同属の可能性が十分ある。今後の発見と研究が待たれる。

400万年前ごろに、ラミダスのような種からアウストラロピテクスが生じ、300万年前以後には頑丈型猿人の一群が出現する。それ以外のアウストラロピテクスはキャシャ型猿人として一括されることもあり、 そうしたものの中からホモ属が生じたと考えられている。








犬歯の進化


■ラミダスの犬歯のCT像




ラミダスの犬歯のCT像


カダバの犬歯の尖りは強く、類人猿のメスの犬歯と区別がつかない。ラミダスでは犬歯が菱型に変化している。
左から、メスのチンパンジー、カダバ、ラミダス、現代人。






犬歯・小臼歯複合体




犬歯・小臼歯複合体


チンパンジーの犬歯は小臼歯に研がれる構造になっている。オスよりも犬歯が小さいメスでもそうである。600万年前ごろの人類化石の犬歯は、メスの類人猿相当の形をしており、今のところ、オス型の大きな犬歯は知られていない。 そのため、カダバ、オロリン、そしてサヘラントロプスで代表される人類祖先の一群は、犬歯の雌雄差がなくなったばかりのものと思われる。

類人猿や多くのサル類では、特にオスの犬歯が強大で、これは繁殖をめぐるオス間競争の現れである。ならば、初源期の人類ではそうした競争が潜在化していたのであろうか。 ペア型の雌雄関係を機軸とした原家族的な社会構造をもっていたのかもしれない。






ホモ属の進化


■250万年前以後の系統樹



250万年前以後の系統樹


ホモ属の出現と前後し、打製石器の使用が開始され、その後は脳がどんどん大きくなり、体型も現代人に近接してゆく。進化段階としては「原人」、「旧人」、「新人」に相当するものへと変遷してゆく。 実際の種もしくは亜種レベルでの進化系統模様は複雑で、その全貌の解明には、今まで以上に多くの化石の発見が必要である。ここでは「新人」へ至る道を解き明かすための、 近年エチオピアでなされた二つの重要な発見、ダカ人とヘルト人を紹介する。






原人から新人へ




原人から新人へ


ダカ人の年代は100万年前、脳容量は1000ccほど、眼窩上隆起は前方へ強く張り出し、 頭の高さは低く、いわゆる「原人」段階の人類祖先である。現在、他地域の原人と旧人段階の人類化石との比較研究が進行中であるが、CT装置を使った調査において、本館と連携した研究が推進されている。

ヘルト人の年代は16万年前、脳容量は1450ccほど、原人と比べると頭蓋冠が高く、額はドーム状に立ち上がっている。眼窩上隆起は強いものの、眉間部と側方部が分離し、現代人的である。 いわゆる「新人」段階の人類祖先である。






最古の新人




最古の新人


ヘルト人は、2003年夏にホモ・サピエンスの世界最古のほぼ完形頭骨として発表された。学名は、ホモ・サピエンス・イダルトゥ、亜種レベルで現代人などと区別した。






ヘルト人と現代人




ヘルト人と現代人


ヘルト人の頭骨は、原人や旧人段階のものと比べると頭蓋冠が高く、顎顔面部の前方への突出が比較的弱い。頭骨の基本的設定が、現代人的であるためである。 ただし、顔面部は全体的に大きく、後頭骨は強く屈曲し、現代人の変異の範囲そのものからは外れる。このことは種々の計測値と統計解析によって示されているが、 ここではそうした比較の一表現を試みた。この三次元図の第1軸(FACTOR 1)は頭の長さと顔面の大きさ、第2軸(FACTOR 2)は頭の幅、第3軸(FACTOR 3)は頭の高さと丸みを示している。






ヘルト人と縄文人




ヘルト人と縄文人


ヘルト人を、より身近な日本の人骨と比較してみた。日本の人骨の中では、縄文人は、たとえば眉間が突出するなど、比較的「ごつい」形態を持つとされてきた。 そこで、ヘルト人と縄文人の頭骨を比較してみた。当館に収蔵されている縄文人の頭骨300点ほどを点検し、もっとも「ごつい」縄文時代人骨をとりだしてみた。

中でも北海道の本輪西貝塚出土の個体が特に目を引いた。本館の資料を見る限り、わずかながら北海道・東北の縄文人のほうが「ごつい」傾向が強いように見える。 今後の検討がおもしろいかもしれない。いずれにせよ、現代人の中にはこのくらいの者がいるという個体変異の好例である。 一方、三貫地貝塚の頭骨は、縄文人として、より一般的な形態をしめすものである。本輪西貝塚の頭骨はヘルト人と比べても後頭部の屈曲が遜色ないぐらいであり、額の立ち上がりも弱い。






CTデータによる比較




CTデータによる比較


今度はCT画像でヘルト人と本輪西縄文人を比較した。ヘルト人のほうが全体的に大きいことが明らかであるが、頭骨の輪郭はそれなりに似ている。 ただし、後頭部の局所的な突出と、眉間から額の前方への張り出しが、ヘルト人で特に強い。ヘルト人とは、現代人集団が分化する前の古い時代のホモ・サピエンスである、との解釈と合致する所見である。