第2部 展示解説 動物界

哺乳類の多様性と
標本から読み取ること

 

 

偶蹄目 :

 偶数の蹄をもち 9科 186種からなる。オースト ラリアを除くほぼ世界中に分布する。イノシシ科を含むイノシシ亜目はほかのグループとはかなり違う。イノシシ亜目以外のグループは反芻するので反芻類とよばれる。 一般に哺乳類はセルロースを分解できず、植物の細胞質が利用できない。これを可能にするには植物を長時間体内に滞留させて物理的、化学的な消化をする必要 があるが、それだけでは十分に消化することはできない。反芻という消化システムは、発酵槽である「胃」に微生物をすまわせて、発酵によって植物を消化し植物の細胞質を利用するとともに、膨大な微生物の死骸に由来するタンパク質などの栄養を吸収するものである。ウシの腹は大きいが、その大半は消化器官が占めており、発酵槽である第 1胃には人の大人が入れるほど大きい。 生物の進化史からみると、反芻類の登場により利用できなかった植物の葉が利用できるようになり、そのことは地球上の物質の流れにも大きな影響を与えた。反芻類 はまたたくまに種分化し、各大陸で、繁栄することとなった。消化しにくい植物の葉を利用するためにこのほかの形態的特殊化をし、臼歯が発達し、顔が長くなったのはウ マなどと共通である。また上顎に門歯がないことも特徴的で、植物の葉をつまんで挟んでは下顎の門歯で切る。一方、反芻類にとっては植物を利用することとともに捕食者から逃れることが重要であり、そのことはすぐれた走行能力に見い出すことができる。四肢は長く、指は単純化して少数の指に体重を集中させるようになった。

 イノシシ Sus scrofa はイノシシ科の代表的存在で、咬頭が単純な臼歯とよく発達した犬歯をもち ( 図 117) 、 4指の比較的短い四肢をもつ ( 図 11D 参照 ) 。指の構造からみると他の偶蹄類ほどは走行に特化していない。頭骨は後頭部が深く切れ込んでいるが、これは首が短く「猪首」であることと対応する。

 

 また眼窩の後方が切れている。 イノシシといえば鼻が印象的だが、実際イノシシは嘆覚が鋭く、地中の食物を察知し、掘り起こす。展示ではボルネオのバビルサ Babyrousa babyrussa も示した。バルビルサは上顎の犬歯が異様に発達し、大きくカールして いる ( 図 118) 。これはゾウやセイウチの牙などと同様、 社会器官であると考えられている。ペッカリー類はイノ シシとよく似ており中南米に 3種がいる。イノシシの足は 4本の指があるが、ペッカリー ( 図 119) では 2本しかなく、より走行に適していると考えられている。

 フタコブラクダ Camelus bactriunus ( ラクダ科 , 図 120) はユーラシアの乾燥地域に生息し、ほとんどは家畜化 されているがモンゴルに小さな野生集団がいる。ラク ダ科は形態学的には蹄ではなく足の裏の肉球で体重を 支える点、上唇が裂け、首が大きく彎曲している点な どが特徴とされる。ヒトコプラクダは西南アジアからアフ リカの乾燥地域に生息し、家畜化されて砂漠の荷物輸送の重要な役割を果たしている。頭骨標本では上顎に門歯がある点、オスでよく発達した犬歯、ウマやウシにくらべて位置が低く、側方にはり出した目などが注目点 である。ラクダ科にはこのほか南アメリカにラマ Lama glama、アルパカ L.pacos 、ビクーニャ Vicugna vicugna などがいる。

 ウシ科のほとんどは角をもつ。これは表面にキチン質の鞘をもつ洞角 ( ホーン ) で、ヒトの爪などと同質である。ウシは典型的な反芻獣で上顎には門歯がなく、下顎の門歯と上顎の歯茎で植物をはさんでかみとり、よく発達した臼歯ですりつぶす。ウシ科には森林生のウシ ( 家畜ウシ Bos taurus, 図 121) や草原に典型的なレイヨウ類、山岳地に生息するヤギ類 ( ヤギ Capra aegagrus, 図 122) 、ヒツジ類 ( バーバリーシープ Ammotragus lervia, 図 123) などがいる。ウシ属には ガウル Bos gaurus 、パンテン B.javanicus など東南アジアの熱帯林に生息するもの、ヒマラヤやチベットの高地に生息するヤク Bos grunniens などがいる。家畜ウシはヨーロッパの森林に生息していたオーロックス ( 原牛 ) を改良したもので、原種は絶滅した ( 遠藤 ,2001) 。

 レイヨウ類はアフリカのサバンナでもっとも繁栄している。ヌー Connochaetes sp.( 図 124) はその代表的な 1種で、体重が 200kg ほどになる。中小型のレイヨウ類の ように口先が尖っておらず、イネ科の葉を選択しないで大量に採食できる幅広い口をもっている。巨大な群れを形成して雨季と乾季に移動をすることが知られている。 レイヨウ類はモンゴルのモウコガゼル Procapra gutturosaのようにユーラシア大陸にもいる ( 図 125) 。本種については生態が不明であったが、本学のグループとモンゴルの研究者との共同研究により、食性や移動経路 などが解明されつつある (Campos Arceiz et al., 2004) 。日本にいるウシ科の野生動物はニホンカモシカ Capricornis crispus で、北アメリカのシロイワヤギ Oreamnos americanus やヨーロッパアルプスのシャモア Rupicapra rupicapra などと近縁な原始的な種であり、単純な角をもっている ( 図 126) 。昭和の初期には絶滅 が心配されるほど減少したが、現在では東北地方や中 部地方で回復した。

 キリン Giraffa camelopardalis( 図 127) はアフリカのサバンナに生息する。体高は 5m近くにもなり、よく知られるように四肢と首が極端に長い。オスの頭骨は造骨組織が骨化して「成長 」 してゆく。角は軟骨性で、出生時には頭部に横倒しについている。皮膚に被われ、先端部には毛が生えている。キリンの犬歯は先端が分かれており、歯をくしけずることができる。首が長いため、 頭まで血液を持ち上げるには強い圧力が必要であるが、それだけに首を下げたときに頭にかかる血圧もきわめて高くなる。このため血管が柔軟であり、静脈には多くの弁がある。キリン科にはこのほかオカピ Okapia johnstoni がいる。

 シカ科も偶蹄目の有力なグループで、オスの枝角が大きな特徴である。この角はウシ科の洞角とは違い鞘をも たず、骨質であり、しかも毎年落ちて生えかわる。トナカイ以外の種では角はオスだけにある ( ワピチ , 図 134, アカ シカ , 図 135, ニホンジカ , 図 136, ノロジカ , 図 137) 。角はオス同士の力量を示すための社会器官として機能する ( 図 128) 。

 ニホンジカ Cervus nippon の角は枝を 4本もつが ( 図 129) 、これより単純なもの、はるかに複雑なものもある。 アカシカ ( 図 132) Cevus elaphas はユーラシアだけでなく北アメリカにも分布し ( 北アメリカのものはワピチと呼ばれる亜種 C.e.canadensis) 、同属のニホンジカよりは大 きく、オスの体重は 200kg にもなる。キヨン属 Muntiacus sp.( 図 130) はユーラシア南部に分布する小型のシカで、 オスの角は短い。ノロ Capreolus capreolus はユーラシ アに広く分布する小型のシカでオスの角は単純である ( 図 131) 。トナカイ Rangifer tarandus には枝角が 10本 以上のものもおり ( 図 133) 、ヘラジカ Alces alces ではさら に巨大な角をもつ。

 

 マメジカはアジア、アフリカの熱帯の森林に生息する 小型の原始的な隅蹄類である ( 図 138) 。シカ科に入れられたこともあるが、現在は独立した科とされている。 反芻胃をもっているが、第三胃は未発達であること、シ カ科と違ってオスにも角がないこと、前臼歯は臼状で なく歯冠は鋭いこと、 4つの蹄に退化したものがないこ となどはマメジカが原始的であることを示している。

 カバ科には 2種がおり、いずれもアフリカに分布する。 カパ Hippopotamus amphibius は体重が 3t にもなる大型獣で、樽のような太い胴に短い四肢と巨大な頭がついている。カバは水中生活をし、地上では不器用に見えるが水中では驚くほどなめらかな動きをする。水面にいるのにつごうよく目や鼻が顔面の上面についており、皮膚は乾燥に弱い。大きな口で陸上の植物を食べるが、ほかの草食獣にくらべると採食量は少ない。これは水中生活によってエネルギーロスが少ないからである。 コビトカパ Cheropsis liberiensis ( 図 139) はカバよりははるかに小さいが、それでも体重が 300kg 近くある。牙が印象的だが、替曲しており、伸び続け、上下の牙が互いに研ぎ合うために砥石で磨いたようにシャープである。

 

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