3.貝類の生息環境


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サンゴ礁

 熱帯のサンゴ礁(coral reef)は貝類の宝庫です。タカラガイ科Cypraeidae、イモガイ科Conidae、シャコガイ科Tridacnidaeなどはサンゴ礁を代表する貝類です。浅海のサンゴ礁の貝類は派手な色彩を持つ種が多いことが特色です。また、種の多様性が高く、個体群密度の低い種が多く含まれることも特色のひとつでしょう。一方、北の海の貝は総じて地味で、多様性が低く個体数が多くなる傾向があります。その理由は分かっていません。また、熱帯の浅海に棲息する種では殻を厚くして、棘をもつものが多くなります。それは、サンゴ礁域には殻を破壊する捕食者が多いことと関係していると言われています。殻を厚くすることと棘を持つことが有効な対捕食者戦略になっているようです。

 サンゴ礁にはサンゴと特別な関係を持つ種が多数棲息します。例えば、ウミギクモドキPedum spondyloideumは生きたサンゴの間に埋もれて、腹縁のみを表面に出して生活しています。フタモチヘビガイDendropoma maximum(図3-5)はサンゴに固着し、しばしばサンゴに完全に覆われて、殻口のみをサンゴの表面に見せています。オオタカノハArcaventricosaは穿孔して殻をほぼ完全に埋没させています。


 
 シャコガイ類では、ヒメジャコTridacna croceaはサンゴ礁の岩盤に穿孔し、完全に埋もれて生活しています。ヒレジャコガイTridacna squamosaやシラナミガイTridacna maxima(図3-6A)は足糸で付着しますが、穿孔しません。シャゴウHippopus hippopus(図3-6B)やオオシャコガイTridacna gigasは成貝では足糸を失いサンゴ礁内に転がって棲息します。


 
 アクキガイ科Muricidaeのサンゴヤドリ亜科Coralliophilinaeとシロレイシダマシ類Drupellaはサンゴのポリプを捕食します。後者はしばしば大量に発生し、オニヒトデと同様にサンゴを食い尽くすため駆除の対象になっています。

 サンゴ礁の死サンゴの転石の裏には小型種が多数棲息します。特に、ミツクチキリオレガイ科Triphoridae、クダマキガイ科Turridae、リソツボ科Rissoidaeはインド−太平洋域にそれぞれ数百種が棲息しています。ムギガイ類Mitrella、ノミニナ類Zafra、シラタマガイ類Triviostraなども多様性が高い小型貝類の例です。

 ユキスズメガイ類Phenacolepas、フウリンチドリ類Cheilea、シロネズミガイ類Vanikoroは重なり合った死サンゴの転石の裏に見られます。これらの白い貝殻を持つ腹足類はやや隠棲的な環境を好みます。


海底洞窟

 熱帯〜亜熱帯域の海底洞窟(submarine cave)からは特徴的な貝類相が知られています。シラタマアマガイ類Pisulina、アマガイモドキNeritopsis radula、ソビエツブ科Pickworthiidaeなどはほとんど生貝が採集されないことで知られていましたが、海底洞窟に生息することが明らかにされました。ヨフバイ科のカクレヨフバイTelasco acinnamomeaも海底洞窟から生貝が発見されました。二枚貝類ではワタゾコツキヒガイ科Propeamussiidae、キビガラガイ類Huxleyia、シラスナガイモドキ科Philobryidae、ミジンヒバリガイ類Dacrydium、クマサカヤドリ類Bentharca、ドウクツシャクシガイHalonympha asiaticaなどが得られています。これらは、洞窟外の熱帯・亜熱帯の浅海には見られない分類群です。比較的大型の二枚貝類は、オオベッコウガキPynodonte taniguchi、ツキヨミガイGlossocardia obesaの2種に限られています。

 海底洞窟の貝類は、(1)小型のサイズで成熟する種が多い、(2)浮遊幼生期を持たない種、特に親によって幼生が保育される種が多い、(3)深海性とされる分類群に属する種が多い、(4)二枚貝類では原始的とされる糸付着型の生息様式を持つ種が多い、などの共通性がみられます。海底洞窟は光合成による生産者がいない貧栄養の環境であり、捕食者が少ないという特色があります。海底洞窟は世界各地の熱帯・亜熱帯域で発見されていますが、離ればなれになった洞窟の間で貝類がどのように分散しているのかは分かっていません。


外洋域の表層

 表層の外洋域には浮遊性の貝類が棲息しています。浮遊性の貝類の大多数は翼舌類Ptenoglossaのアサガオガイ科Janthinidae、異足類Heteropoda、“翼足類Pteropoda”によって占められます。

 アサガオガイ科は足裏から分泌した粘液に空気の泡を取り込み、筏として利用します。アサガオガイ類Janthinaはほとんど世界中の暖海に分布します。浮遊性の貝類は海流によって運ばれるため、分布が広い種が一般的です。

 異足類には、クチキレウキガイ科Atlantidae、ゾウクラゲ科Carinariidae、ハダカゾウクラゲ科Pterotracheidaeが知られています。クチキレウキガイ科は小型の円盤状の殻と蓋を持ち、動物体は全て殻の中に退縮させることができます。ゾウクラゲ科は笠型の殻を持っていますが(図3-7)、動物体に対して著しく小型です。ハダカゾウクラゲ科は発生の初期には殻を持っていますが、成長とともに脱ぎ捨てて無殻になります。


 
 いわゆる翼足類で最も有名なものは、ハダカカメガイClione limacinaです。一般には属名をそのままカタカナ読みした「クリオネ」と呼ばれています。翼足類には有殻翼足類Thecosomataと裸殻翼足類Gymnosomataがあり、殻のないハダカカメガイは後者です。有殻翼足類には、ミジンウキマイマイ科Limacinidae、カメガイ科Cavolinidae、ウキビシガイ科Clioidae、ウキヅツガイ科Cuvierinidae、アミメウキマイマイ科Peraclididae、ヤジリカンテンカメガイ科Cymbuliidaeが含まれます。裸殻翼足類にはコチョウカメガイ科Desmopteridae、ニュウモデルマ科Pneumodermatidae、ハダカカメガイ科Clionidae、クリオプシス科Cliopsidae、マメツブハダカカメガイ科Hydromylidaeが知られています。翼足類には、巨大な粘液網を分泌して餌を採るカメガイ類Cavolinia、墨を吐くマメツブハダカカメガイHydromyles globulosa、無性生殖の二分裂の能力をもつウキビシガイClio pyamidataなどの特殊な生態を持つ種が含まれています。

 後鰓類にも表層付近に棲息する種が見られます。コノハウミウシ科Phylliroidae、アオミノウミウシ科Glaucidae、ヒダミノウミウシ科Fionidaeに属する種類です。アオミノウミウシGlaucus atlanticusでは消化管中に気泡を飲み込んで浮遊することが知られています。

 厳密には浮遊性の種ではありませんが、流れ藻やその他の浮遊物に付着して海面を漂う種も知られています。ウキツボ科LitiopidaeのウキツボLitiopa nipponicaと、オキウミウシ科ScyllaeidaeのオキウミウシScyllaea pelagicaがその例です。

 浮遊性の貝類は、捕食者に対して体を見えにくくする工夫をしています。異足類と翼足類は、眼や消化腺などのごく一部の器官を除いて体が透明です。そして、不透明な部分も垂直方向から見て面積が最小になるような姿勢をとっています。

 一方、アオミノウミウシGlaucus atlanticusは足裏を海面に向けてひっくりかえって泳ぐ習性を持ちますが、海面側(腹側)は紫青色、海中側(背側)は白色です。アサガオガイ類の殻も同様に、海面側(殻底側)が濃く、反対側が薄くなります。これらは下から見上げられる側を明るく、上から見下ろされる側を暗くして背景にとけ込むcountershadingと呼ばれる適応戦略の一例です。


深海

 深海の貝は例外なく地味な色をしています。殻は真白で光沢がなく、黄土色の殻皮を被っています。そして、殻の薄い小型の種が多いことも特徴です。

 殻が薄いことは、深海の環境条件と関係があります。貝殻は炭酸カルシウムの結晶の塊ですが、炭酸カルシウムには圧力が高くなるほど溶けやすくなる性質があります。また、同じ圧力では高温より低温の方が溶けやすくなります。そのため、高圧低温の深海底では分厚い殻をつくることは難しくなります。一般的には水深4500−5000mを越えると炭酸カルシウムは急激に溶けやすくなります。その深度は周囲の環境条件によって変動しますが、炭酸塩補償深度(carbonate compensationdepth = CCD)と呼ばれます。

 深海の貝についてお話ししますと「なぜ深海に生息する貝は殻が薄くても水圧でつぶれないのですか?」という質問を必ず尋ねられます。それは貝殻の内側と外側に同じ大きさの圧力がかかっているからです。もし殻の内外に大きな圧力差が生じれば薄い殻は粉々につぶれてしまいます。海に潜ると上にある水の重さ分の圧力がかかり、10mにつき1気圧が追加されます。深海帯の下限付近に相当する水深6000mでは600気圧になりますが、それでも貝はつぶれません。

 ところが、閉じた空間を持つ貝殻は大きな圧力に耐えられません。例えば、オウムガイは殻の内部が隔壁によって仕切られています。そして、その内部は、殻内に含まれる液体(カメラル液)が気化してできた0.6−0.9気圧のガスによって満たされています。その殻に実験室内で人工的に外側から圧力をかけると、およそ80気圧で殻が破壊されてしまいます。

 漸深海帯よりも深い所に生息する貝類は、分類群が極端に限られます。食性はその制限要因のひとつです。光の届かない深海では藻食性の種は皆無になり、堆積物食者(debositfeeder)と肉食性種で占められるようになります。腹足類では、ニシキウズガイ上科Trochoideaの一部、ホウシュエビス科Seguenziidae、クダマキガイ科Turridaeとエゾバイ科Buccinidaeなどが主要な分類群です。二枚貝類では、クルミガイ科Nuculidae、トメソデガイ科Pristiglomidae、スミゾメソデガイ科Malletiidae、ハトムギソデガイ科Neilonellidae、ミジンソデガイ科Tindariidae、ヒラソデガイ科Sareptidae、ロウバイガイ科Nuculanidaeなどの原鰓類Protobranchia、オトヒメゴコロガイ科Verticordiidae、スナメガイ科Poromyidae、シャクシガイ科Cuspidariidaeなどの異靭帯類Anomalodesmataが卓越します。翼形類のワタゾコツキヒガイ科Propeamussiidaeも深海を特徴づける分類群です。

 漸深海帯の特殊な環境の例では、熱水鉱床(hydrothermal vent)や冷湧水域(cold seep)に発達する化学合成生物群集(chemosynthesisbased biological commu nity)が有名です。シンカイヒバリガイ類Bathymodiolus、オトヒメハマグリ科Vesicomyidaeのシロウリガイ類Calyptogena、ハイカブリナニナ科Provamidaeのアルビンガイ類Alviniconchaなどが、海底を覆うように高密度で棲息しています。ネオレペトプシス科Neolepetopsidae、ネオンファルス科Neompalidae、フネカサガイ科LepetodriIidae、ペルトスピラ科Peltospiridaeなどの笠型貝類が多いことも化学合成生物群集の特徴です。

 栄養源の限られる深海では、表層から供給される大型生物の遺骸を利用する群集もあります。例えば、沈木にはワタゾコシロアミガサガイ類Pectinodonta、ワタゾコシロガサガイ科Cocculinidae、オトヒメガサガイ科Pseudococculinidae、クボタシタダミ類Dillwynella、キツキツボNozeba lignicola、キクイガイ科Xylophaginidaeなどが付着します。沈木に付着する笠形貝類は、沈木そのものを餌としており、歯舌でかじりとって食べます。沈木の他にはクジラの骨に付着する種も見られます。イガイ科MytilidaeのヒラノマクラAdipicola pacificaはその例です。スエヒロマユイガイAdipicola longissima(図3-8)は漸深海帯に沈んだヤシ類の種子に埋もれるようにして付着しています。


 

汽水、淡水

 汽水、淡水に棲息する貝類は多くありません。その理由は、汽水、淡水域の面積が海や陸に比べると遙かに狭いことと関係しているでしょう。淡水に棲息する軟体動物は、タニシ科Viviparidae、リンゴガイ科Ampullariidae、ミズツボ科Hydrobiidae、エゾマメタニシ科Bithyniidae、カワニナ科Pleuroceridae、トウガタカワニナ科Thiaridae(図3-9)、モノアラガイ科Lymnaeidae、サカマキガイ科Physidae、ヒラマキガイ科Planorbidae、カワコザラ科Ancylidae、ミズシタダミ科Valvatidae、イシガイ科Unionidae、カワシンジュガイ科Margaritiferidae(図3-10)、シジミ科Corbiculidae、マメシジミ科Pisidiidae、ドブシジミ科Spheridaeなどに属します。汽水域にはアマオブネガイ科Neritidaeの一部、ミズゴマツボ科Stenothyridae、カワザンショウガイ科Assimineidae、ゴマツボ科Iravadiidae、シジミ科Corbiculidae、クチベニガイ科Corbulidaeのヌマコダキガイ類Potamocorbulaなどが見られます。


 

 
 古代湖(ancient lake)には多くの固有種(endemic species)が棲息します。古代湖の例としては、琵琶湖、バイカル湖、タンガニーカ湖(図3-11)が有名です。琵琶湖では、ナガタニシHeterogen longispira、ヤマトカワニナ類Biwamelania、ビワコミズシタダミBiwakovalvata biwaensis、ササノハガイLanceolariaoxyrhyncha、イケチョウガイHyriopsisschlegeli、マルドブガイAnodonta calopygos、セタシジミCorbicula sandai、カワムラマメシジミPisidium kawamuraiなどの特徴的な貝類が見られます。これらの種は類似種が中国大陸にも分布しており、日本が中国大陸と陸続きになっていたときに棲息していた貝類の遺存種(relic)と考えられています。


 



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