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陸上軟体動物の祖先は他の動物と同様に海中で誕生したと考えられます。そして、海生の貝類がやがて陸上へ進出したはずです。陸上進出は軟体動物の進化史の中でも一大事件と言えるでしょう。陸上に棲息する軟体動物は腹足類の一部のみです。無板類、多板類、単板類、二枚貝類、掘足類、頭足類のいずれもが、陸上進出を果たすことができませんでした。二枚貝類は淡水にまで進出し、あと一歩というところです。しかし、多くの二枚貝は鰓で浮遊物をこしとる濾過食(filter feeding)あるいは懸濁物食(suspension feeding)であるため、水が無いところでは生存できません。食性と摂餌器官の構造が二枚貝の適応進化の大きな制約になりました。 貝類の陸上進出には海→淡水→陸という経路も考えられますが、海から直接的に陸上へ進出する可能性の方が高いかもしれません。海の大部分は淡水に接することなく直接陸に面しているからです。陸上に進出するには肺呼吸と乾燥に対する適応が必要になります。 陸産貝類には海岸付近にしか棲息しない分類群があります。ヘソカドガイ類Paludinella、クビキレガイ類Truncatella、クビキレガイモドキ類Cecina、オカミミガイ科Ellobiidae、ノミガイTornatellides boeningi、スナガイGastrocopta armigerellaなどがその例です。これらの分類群の存在は陸上進化の第一段階を表しているかもしれません。しかし、海岸付近に棲息する貝類が陸上進出の原始的な状態を残しているとは即断できません。一旦内陸へ上がった分類群が海岸付近に逆戻りしている可能性もあるからです。 腹足類では、ヤマキサゴ科HeIicinidae、ゴマオカタニシ科Hydrocenidae、ヤマタニシ科Cyclophoridae、Megalostomatidae(図3-12)、ゴマガイ科Diplommatinidae、アズキガイ科Pupinidae、Aciculidae、タマキビ上科LittorinoideaのPomatiasidae(図3-13)とAnnulariidae(図3-14)、カワザンショウガイ科Assimineidaeの一部、有肺類Pulmonata(図3-15、3-16)などが海岸から離れた陸上に棲息します。腹足類は複数の分類群が独立に陸上へ進出したことが明らかです。 貝の棲息できない環境多くの貝類書には貝はあらゆる環境に適応していると書かれています。貝類の適応できない環境はほとんど無いとさえ書かれていることもあります。しかし、それは間違いです。地球上には貝類の棲息し得ない広大な領域が存在しています。貝類が最も苦手とする環境は「空中」です。貝は空を飛ぶことができません。しかし、瞬間的に海上の空中を利用する軟体動物は存在します。トビイカSthenoteuthis oualaniensisやアカイカOmmastrephes bartramiiなどは短距離ですが空中を飛行することができます。しかし、これらのイカ類の場合は、逃避行動で一時的に滞空するだけで、生活空間として恒常的に空中を利用しているわけではありません。 陸上においては「空飛ぶ貝類」は皆無です。しかし、昆虫や鳥類のように多くの動物は空中を利用しています。空中を自由に移動できないことが、貝類が陸上であまり成功していない理由のひとつと言えます。 もう一方、貝類が苦手とする空間は「地中」です。深い地中に棲息できる貝類はいません。例えば、陸上ではセミの幼虫のように地中に深く潜る陸貝はいません。海産・淡水産の貝類には軟らかい底質に潜入する内在性の種もありますが、表面近くに限られます。深く潜入する種でもその深度は30cmくらいでしょう。近年、地中深くに棲息するバクテリアが発見され「地下生命圏」が注目されていますが、そのような環境には貝類は棲息できません。 地中には貝類は棲息できませんが、淡水の地下水にはミズゴマツボ科Hydrobiidaeの種が棲息しています。陸上の洞窟にはカワザンショウガイ科AssimineidaeのホラアナゴマオカチグサCavernacmella kuzuensisが棲息します。 海底では熱水鉱床のような高温環境にも貝類は棲息しています。一方、陸上の温泉中に棲息する貝類は知られていません。しかし、温泉の周辺域ということであれば、大分県の湯布院にはミズゴマツボ科StenothyridaeのオンセンミズゴマツボStenothra thermaecolaという不思議な貝が棲息しています。 |
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