3.貝類の生息環境


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生息環境の生態区分

 貝類の生息場所は水生(aquatic)と陸生(terrestrial)に分けられます。前者には海水、淡水、汽水の環境が含まれます。海に棲息する種と、それ以外の種を対比させる場合には、後者を非海産(non-marine)としてまとめることもあります。

 浅海は貝類の多様性が最も高い部分です。特に私達にとって最も身近な存在は潮間帯(intertidal zone)です。潮間帯とは干潮時に干上り満潮時には水中に没する部分のことです。潮間帯から水深200m付近には平坦な陸棚=大陸棚(continental shelf)が張り出しており、潮下帯(subtidal zone)と呼ばれます。

 「深海」という言葉は一般には非常に曖昧に使われています。しかし、学術的に定義される深海は大きく異なります。例えば、水深200mは人間にとっては十分深い深度ですが、海洋生物学では陸棚より上は「深海」とは言いません。そして、陸棚よりも下側は、水深200mから2000−3000m付近が漸深海帯(bathyal zone)、水深2000−3000mから6000m付近が深海帯(abyssal zone)、水深6000m以深が超深海帯(hadal zone)に区別されています。太平洋の太平底の平均水深は5500〜6000mくらいですから超深海帯は通常海溝(trench)の中を指すことになります。マリアナ海溝では最深部が水深約11000mに達しています。

 以上は海底で生活する底生生物(benthos)に対する深度区分です。海底から離れて生活する漂泳性(pelagic)の動物に対しては多少異なる用語が用いられています。海面〜水深約200m付近は表層(epipelagic zone)、水深200m付近〜水深約1000mは中層=中深層(mesopelagic zone)、水深1000から3000−4000m付近は漸深海層(bathypelagic zone)、水深3000から4000−6000m付近は深海層(abyssopelagic zone)、水深6000m以深は超深海層(hadalpelagic zone)に区分されます。


生活様式の生態区分

 水生生物は生息環境と遊泳能力の有無によって、水底に接して生活する底生生物(benthos)、水の動きに逆らって遊泳することのできる遊泳生物(nekton)、遊泳力を持たない浮遊生物(plankton)に分けられます。軟体動物は大部分が底生生物です。腹足類には異足類Heteropodaや翼足類Pteropodaのように浮遊性の貝類も存在します。遊泳力を持つイカ類などの頭足類は遊泳生物に含まれます。多くのタコ類は基本的には底生生活者ですが、遊泳力を持っており、遊泳性底生生物(nektobenthos)に分類されます。またコウイカ類のように本来遊泳性なのに時々海底に身をひそめる臨時底生生物(quasibenthos)もあります。底生生物には堆積物中に潜るものと海底上に生活するものがあり、前者は表在ベントス(epibenthos)または表在動物(epifauna)、後者は内在ベントス(endobenthos)または埋在動物(infauna)に区別されます。表在性の種のうち海底の基質に付着して生活する種は付着生物(attached organism)に分類されます。それらのうち、特に固着して移動しないものは固着生物(sessile organism)と呼ばれています。貝類には上記の全ての生活様式が見られますが、そのような動物群は他に例を見ません。陸上と水中の両者を含めて、軟体動物は動物界で最も広く適応放散した分類群と見なすことができます。


浅海の岩礁

 岩礁域では、表在性の種が主流です。潮間帯ではカサガイ類PateHogastropoda、ニシキウズガイ科Trochidae、アマオブネガイ科Neritidae、タマキビ科Littorinidae、アクキガイ科Muricidae(図3-1、3-2)、イガイ科Mytilidae、イタボガキ科Ostreidaeが優占します。この傾向は低緯度から中緯度地方では世界中でほぼ同じです。高緯度地域では生物相が著しく単調になり、シロガイ類Lottia、タマキビ類Littorina、チヂミボラ類Nucella、イガイ類Mytilusなどの限られた種類によって優占されるようになります。


 

 

 
 岩礁域の貝類には付着性の種と穿孔性の種が見られます。付着には二つの様式が見られます。ひとつは足糸による付着、もうひとつはセメント質による固着(cementation)です。潮間帯では、しばしば足糸付着型のイガイ科Mytilidaeと固着型のイタボガキ科Ostreidaeが大群集を形成します。これらの二枚貝はしばしば限られた高さにしか棲息しておらず、水平に帯状に付着しています。このような分布様式は帯状分布(たいじょうぶんぷ)と呼ばれ、同種で群をつくる性質の強い固着性の生物に見られます。固着性の貝ではヘビガイ科Vermetidaeにも群集をつくる性質が見られます。足糸付着型のムラキインコやヘリトリアオリの足糸の間にはチリハギガイLasaea undulataやトリデニナFossarus tyochrearisが生息します。

 足糸付着型の生活様式はフネガイ科Arcidae、ウグイスガイ科Pteriidae、シュモクガイ科Malleidae、マクガイ科Isognomonidae、ナミマガシワ科Anomiidae、ミノガイ科Limidae、イタヤガイ科Pectinidae、トマヤガイ類Cardita、フナガタガイ類Trapezium、カワホトトギスガイ科Doreissenidae(イガイダマシ類Mytilopsisなど)に見られます。フネガイ科には砂泥底に生息する種類がありますが、その場合も足糸は保持されています。ミノガイ科では、ミノガイ類Limaは足糸で付着しますが、ユキミノガイ類Limariaは自由生活で一時的に遊泳する能力を持ちます。イタヤガイ科にも同様に足糸付着型と遊泳型がみられます。

 セメント質による固着型はウミギクガイ科Spondylidae、ネズミノテ科Plicatulidae、イシガキ科Dimyidae、ベッコウガキ科Gryphaeidae、イタボガキ科Ostreidae、キクザル科Chamidaeに見られます。

 一方、穿孔性の貝類(boring shell)としては、サンゴヤドリ亜科のイシカブラガイMagilus antiguus、イシマテガイ類Lithophaga(図3-3)、ヒメシャコガイTridacna crocea、ツクエガイ科Gastrochaenidae、ニオガイ科Pholadidae、イワホリガイ科Petricolidae、フナガタガイ科のタガソデガイCoralliophaga coralliophaga、フタバシラガイ科UngulinidaeのヤエウメPhlyctiderma japonicumなどがあります。


 
 ニオガイ科の種の多くは泥岩に穿孔します。しかし、ウミタケガイ類Barneaやテンシノツバサ類は泥底に潜入し、カモメガイモドキMartesia striataは木材に穿孔します。フナクイムシ科Teredinidaeも同様に木材に穿孔します。

 同じ岩礁域でも岩礁の表面と転石帯では異なる種が棲息します。転石の下にはアオガイ類Nipponacmeaやウスヒザラガイ類Ischnochitonが潜んでおり、石を起こすとすべるようにして逃げます。サメハダヒザラガイLeptochiton hirasei、ユキスズメガイ科Phenacolepadidaeは必ず半分埋もれた転石の下に棲息しています。不思議なことに、これらの種は露出した転石の下にも、完全に堆積物中に埋没した石の下にも生息していません。

 亜熱帯地域の波あたりの強い玉石海岸は、種類数が少なくあまり魅力的な採集地ではありません。しかし、そこにはシャカトウダタミDiloma radula、ハナダタミMonodonta canalifera、クロタマキビモドキSupplanaxis niger、シイノミレイシUsilla avenacea、テツヤタテ類Zierlinaなどの特有の貝類が棲息します。これらの貝類も他の環境には全く見られません。


海藻上

 植物に付着して生活する動物は葉上動物(phytal animal)と呼ばれ、貝類にも海藻の上に限って棲息するものがあります。温帯域の藻場にはチグサガイ類Cantharidus、ベニバイ類Tricolia、オオシマチグサカニモリ類Ittibittium、フトコロガイ類Euplica、マツムシガイPyrene、ボサツガイ類Anachis、チャツボ科Barleeidae、などの小型貝類が多数付着しています。大型貝類ではバテイラ類Omphaliusやサザエ類Turboなど藻食性の貝類が集まっています。熱帯域ではハシナガツノブエCerithium rostratumは海藻上の優占種の代表例です。寒流域では二枚貝類のノミハマグリTurtonia minutaが海藻に付着します。

 後鰓類も海藻上に多く見られます。頭楯類Cephalaspideaのブドウガイ類Haloa、アメフラシ目Aplysiomorphaのアメフラシ類Aplysiaは藻食です。嚢舌類Sacoglossaのイワヅタブドウガイ科Ascobullidae、ウスカワブドウギヌ科Volvatellidae、ナギサノツユ科Oxynoidae、ユリヤガイ科Juliidae、タマノミドリガイ科Berthelinidaeなどはイワヅタ類に着生して生活しています。ゴクラクミドリガイ科Elysiidae、ミドリアマモウミウシ科Hermaeidaeなども緑藻上に生息します。

 有節の石灰藻の間は複雑に入り組んだ空間に富んでおり、小型の貝類にとって好適な生息環境です。ミジンツツガイCaecum(Bro-china)glabella、ガラスツボ科Rissoellidae、ミジンワダチガイ科Omalogyridaeなどは石灰藻を丸ごとむしり取る方法で採集することができます。

 海藻ではなく、海草(sea grass)に限って付着する貝類も見られます。寒流域ではチャイロタマキビ類Lacuna、キタノカラマツSiphonacmea oblongataなどが特徴的です。温帯域では、モロハタマキビ類とアメフラシ科AplysiidaeのウミナメクジPetalifera punctulataがみられます。一方、熱帯域のアマモ場にはクサイロカノコSmaragdia ran-giana(図3-4)が棲息しています。クサイロカノコやウミナメクジは海草とそっくりの鮮やかな緑色をしています。頭足類では、ヒメイカIdiosepius paradoxusが外套膜の背中側に粘着質の物質を分泌する腺組織を持っており、しばしばアマモの葉の裏側に付着しています。


 

浅海の砂底・泥底

 浅海の軟らかい海底には、底質中に潜入して生活する内在性の種が適応しています。新生腹足類ではカニモリガイ科Cerithioidea、タマガイ科Naticidae、スイショウガイ科Strombiidae、トウカムリガイ科Cassidae、ヤツシロガイ科Tonnidae、ホネガイ類Murex、ムシロガイ科Nassariidae、ミクリガイ類Siphonalia、ホタルガイ科Olividae、ショッコウラ類Harpa、フデガイ科Mitridae、ミノムシガイ科Costellariidae、タケノコガイ科Terebridae、イモガイ科Conidaeなどが典型的です。


 

 後鯉類では、マメウラシマ科Ringuculidae、スイフガイ科Cylichinidae、キセワタガイ科Philinidaeなどの頭楯類Cephalaspideaなども底質中に潜入します。スナウミウシ目Acochlideaのスナウミウシ類Hedylopsis、裸鯉目NudibranchiaのスナミノウミウシPseudovermis類は砂中の間隙に生息する微小なウミウシです。

 掘足綱は全種が内在性です。二枚貝類では、フネガイ科Arcidaeの一部、イガイ科Mytilidaeの一部、タマキガイ科Glycymerididae、モシオガイ科Crassatellidae、ザルガイ科Cardiidae、バカガイ科Mactridae、フジノハナガイ科Donacidae、ニッコウガイ科Tellinidae、アサジガイ科Semellidae、シオサザナミガイ科Psammobiidae、キヌタアゲマキガイ科Solecurtidae、ナタマメガイ科Pharenidae、マテガイ科Solenidae、マルスダレガイ科Veneridae、オオノガイ科Myidae、クチベニガイ科Corbulidae、キヌマトイガイ科Hiatellidae、オキナガイ科Latermlidae、スエモノガイ科Thraciidaeなどが軟らかい海底中に適応しています。

 日本の温帯域のやや遮閉された海岸の潮間帯〜潮下帯上部ではイボキサゴUmbonium moniliferum、ツメタガイGlossaulax didyma、アカニシRapana venosa、サルボウガイScapharca kagoshimensis、アサリRuditapes philippinarum、バカガイMactra chinensis、シオフキMactra veneriformis、カガミガイPhacosoma japonicum、マテガイSolen strictusなどが代表例です。

 日本の温帯域の外洋に面した開放的な海岸には、閉鎖的な海岸とは全く異なる種類が棲息します。例えば、ダンベイキサゴUmbonium giganteum、チョウセンハマグリMeretrix lamarckii、コタマガイGomphina melanegis、ワスレガイCyclosunetta menstrualis、サツマアカガイPaphia amabilis、ザルガイVasticardium、アリソガイCoelomactra antiquata、ミゾガイSiliqua pulchella、ナミノコガイLatona cuneata、サトウガイScapharcasatowi、ヒメバカガイMactra crosseiなどです。これらの種類は必ず潮通しのよい碕麗な砂地に棲息します。

 フジノハナガイ科DonacidaeのフジノハナガイChion semigranosaやナミノコガイLatona cuneataは「波乗り」をすることで知られています。潮の満ち引きに合わせて底質中から飛び出し、波の力を利用して上下に移動します。この行動は常に波打ち際にとどまることで、干出や水中の捕食者を逃れる意味があるのかもしれません。しかし、波乗りをしないナミノコガイ類も多数存在していますから科全体の適応とはいえません。

 泥深い環境には特異な貝類が棲息します。泥底の生息環境の代表例は干潟(tidal flat)です。干潟とは干潮時に干出する内湾域の泥底・砂泥地を指します。特に、内湾の河口(estuary)の周辺には干潟がよく発達しています。日本産の代表的な例としては、ウミニナ類Batillaria、ヘナタリ類Cerithidea、イチョウシラトリPistris capsoides、ハナグモリGlauconome chinensis、ソトオリガイLaternula(Exolaternula)marilina、オキシジミCyclina sinensis、テリザクラMoerella iridescensなどの貝類が見られます。干潟を形成する内湾的環境は陸奥湾、仙台湾、東京湾、三河湾、伊勢湾、瀬戸内海、有明海などに発達します。内湾の干潟より少し深いところでは、イヨスダレPaphia undulata、チヨノハナガイRaetellops pulchellus、ウラカガミDosiniella angulosa、ツキガイモドキLucinoma annulatumなどが見られます。これらの種の棲息域は内湾の奥部が中心であるため、内湾度を示す指標として利用されます。

 我が国では有明海に干潟に特有の貝類が多数棲息しています。ハイガイTegillarca granosa、アゲマキSinonovacula constricta、ゴマフダマバNatica tigrina、サキグロタマツメタEuspira fortunei、コケガラスModiolusmetcalfei、ウミタケBarnea(Umitakea)dilatata、ウミマイマイSalinator takiiなどです。これらは中国大陸沿岸や黄海沿岸にも広く分布しています。日本が中国大陸と陸続きであった時代に分布を広げ、現在は有明海に取り残された遺存種(relic)と考えられ「大陸遺存系貝類」と呼ばれています。

 熱帯の海と言えば美しいサンゴ礁の海が思い起こされますが、亜熱帯〜熱帯域にも大規模な干潟が存在します。河口域の周辺には干潟が広がり、マングローブ(mangrove)で覆われています。そこにはキバウミニナ類Terebralia、センニンガイTelescopium telescopium、ヒルギシジミ類Geloinaなどの特徴的な貝類が見られます。

 カサガイ目Patellogastropodaのシロガサガイ科Lepetidaeの多くは潮下帯〜漸深海帯の泥底の礫の下側に付着しています。軟泥に埋もれた状態で生活する例外的な笠型貝類です。それらの食性や繁殖様式などの生態はほとんど分かっていません。




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