2.貝殻の形の多様性


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巻貝の蓋

 巻貝の多くは蓋(operculum)を持っています。大部分の腹足類では蓋は防御のために機能しています。殻口を蓋でぴったりと閉じれば、外敵の進入を防ぐことができます。

 特殊化した例では、ソデボラ科Strombidaeの蓋(図2-69)は移動のための手段として利用されます。つめ状にとがった蓋を海底にひっかけながら、足をけるようにして移動します。


 
 蓋は腹足類のみに形成されます。蓋の存在は巻貝の数少ない共通形質の1つです。成貝で蓋を持たない種でも、少なくともベリジャー幼生期には蓋を持っています。蓋を持たな種は変態後にすぐに幼生の蓋を捨ててしまいます。後鰓類も幼生の時にはやはり巻いた殻と蓋を持っています。しかし、陸産有肺類で直接発生をする種は蓋が形成されません。

 かつてアンモナイト類にも蓋が存在すると考えられていました。しかし、詳細な研究の結果、蓋と考えられていた構造物は顎板(カラストンビ)であることが明らかになりました。一方、現生のオウムガイ科Nautilidaeは、頭部に硬い組織でできた頭巾(hood)を持っており、これで殻口を閉じて身を守ることができます。有肺類のキセルガイ科Clausiidaeでは螺管の内部を閉じるための閉板(clausilium)という石灰質の弁状の構造を持ちます。これらは蓋と相同ではありませんが、機能的には蓋に類似する構造です。

 蓋は上足(epipodium)の後ろ側にある腺組織で分泌されます。多くの蓋は螺旋を描きながら付加成長します。最初に形成される螺旋の中心は核(nuclus)と呼ばれます。螺旋形の蓋は巻きの強さにより、多旋型(muItis-piral)(図2-70)、少旋型(paucispiral)が区別されます。螺旋形の蓋は殻口の内唇側に沿う部分で形成され、右巻の貝では外側からみて左巻に、左巻の貝では右巻になります。一方、螺旋状ではなく、同心円状に成長する蓋も見られます。レイシガイ類では核は外唇側に偏在しています。


 
 蓋は平面的とは限りません。ヤマクルマ類Spirostomaやミミズガイ科Siliquariidae、クルマガイ科Architectonicidaeの一部では、円錐形の蓋が形成されます。アマオブネガイ目Neritopsina、クビキレガイ上科Truncatel-loideaの多くの種では蓋の殻軸側に突起が突出します。クルマガイ類Architectonicaでは蓋の内側に突起を生じます。(図2-71)このような形態は筋肉を付着させる面積を増やす機能があると考えられます。


 
 蓋のサイズも種によって様々です。まず、殻口に入りきらない程大きな蓋をつくる種は存在しません。次に、殻口縁にぴったり収まる蓋を作る種も多くはありません。大多数は蓋が殻口縁もやや小型です。その方が動物体を殻の奥の方まで退避させることができるため、防御の効果がより高められるのでしょう。一方、殻口に対して不釣り合いに小さい蓋を持つ種もあります。例えば、アシヤガイGranata lyrata、モスソガイVolutharpa ampullacea perryi(図2-72)などです。これらの種では蓋はもはや防御の機能を失っています。笠型貝類では一般的に蓋は見られません。蓋をもつ笠型貝類はフネアマガイ類Septaria、ミヤコドリガイ類Phenacolepas、シンカイフネアマガイ類Shimkailepasなどに限られます。蓋の消失は多くの分類群でみられます。蓋を持つ種と持たない種が混在する分類群もあります。例えば、ガクフボラ科Volutidaeは顕著な例です。日本産の種ではサオトメヒタチオビSaotomea delicataは蓋を持ちますが、その他のヒタチオビ類は蓋を持ちません。


 
 蓋の石灰化(calcification)はサザエ科Turbinidae(図2-73)、アマオブネ科Neritidae、タマガイ科Naticidaeの一部、陸産貝類のヤマキサゴ科Helicinidae、ゴマオカタニシ科Hydrocenidae、ヤマクルマ科Cyclo-phoridaeのアツブタガイ類Cyclotus、Pomatiasidae、Annulariidae、マメタニシ科Bithyniidaeなどに見られます。蓋は石灰化した方が強度が増して有利なように見えます。しかし、実際には蓋を石灰化させる貝類は少数派です。


 
 陸産貝類では、有肺類は蓋を持ちません。蓋が無いことは乾燥に対しては不利です。そこで陸産有肺類はそれを補うために、休眠時にはエピフラム(epiphragm、発音はエピフラグムではない)という膜を分泌して殻口を閉じます。一方、干潟に棲息する海産有肺類のウミマイマイ科Amphiboridae(図2-74)は成体では唯一蓋を持つ有肺類です。巻貝は蓋を持つものから失う方向へ進化するという推測から、蓋の存在はウミマイマイ類の原始性を表す形質とされています。


 
 陸産貝類の中でも前鰓類に属する種は全て蓋を持っています。蓋があれば、捕食者の進入を防ぐことができるというメリットがあります。しかし、長時間蓋で完全に殻口を閉じるとガス交換が困難になります。そのためか、蓋を持つ陸貝のなかには空気交換を助ける構造を発達させる種があります。例えば、エントッアッブタガイ類Rhiostoma(図2-75)はシュノーケルのような構造を殻口の近くに形成します。アズキガイ科Pupinidae(図?)の殻口の溝にも同様の機能があると考えられています。このような殻形態は海産貝類には見られません。


 



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