殻口
巻貝には殻口を厚くさせる分類群があります。これには殻口を補強する意味があり、明らかに対捕食者戦略の一種です。また、大抵の陸貝の成貝は殻口の外唇を反転させています(図2-13)。この形態には殻口の補強に加えて、休眠時に殻口を地物に密着させ乾燥を防ぐという意味もあると考えられます。
ソデボラ科では殻口が厚くなりながら広がる種が多数見られます。ゴホウラStrombus(Tricornis)latissimus(図2-14)は最も典型的な例です。この形態には軟らかい海底面で貝殻の向きを安定させる機能があると考えられます。
殻口に歯のような突起を作るという戦略も一般的です。歯の存在により殻口が狭くなり捕食者の侵入を防ぐことができます。殻口の歯の形成は特に熱帯域の浅海に棲息する貝類と陸産貝類に見られます。例えば、.イガレイシガイ類Drupa(図2-18、2-19)、フトコロガイ科Columbellidae、オカミミガイ科Ellobiidae、ケシガイ科Carychiidae、サナギガ
イ科Pupillidae、キバサナギガイ科Vertiginidae、スナガイ科Gastrocoptidae、クチミゾガイ科Strobilopsidae、キセルガイモドキ科Enidae、エンザガイ科Endodontidae、Odontostomidae(図2-16、2-17)、Polygyridae、ナンバンマイマイ科Camenidae(図2-15)、タワラガイ科Streptaxcidaeなどが殻口に歯あるいは襞状の構造を形成します。タカラガイ科Cypraeidae(図2-20)は殻口自体を狭くした上に鋸歯状の歯を形成します。
アクキガイ科Muricidaeには殻口の外唇に棘(labral spine)を形成する種があります。
例えば、ヒレガイCeratostoma burnettiやテングガイChicoreus ramosusなどです。この棘はカキやフジツボ類を捕食するために利用されると言われています。イトマキボラ科FasciolariidaeのシマツノグチOpeatostoma pseudodon(図2-21)にも同様の棘があります。
多くの腹足類は殻口を急激に広げたり元に戻したりしながら縦肋を形成します。イトカケガイ科Epitonidae(図2-22)は典型的な例です。さらに、限られた時だけに強い縦肋を形成するものもあり、そのような肋は縦張肋(varix、複数形varices)と呼ばれます。縦張肋はフジツガイ科Ranellidae(図2-23)、イボボラ科Personidae、オキニシ科Bursidae、カニモリガイ科Cerithidaeなどに典型的に形成されます。
多くの新生腹足類(吸腔類Sorbeoconcha)では殻口の一部が長く伸びて水管(siphon)を収容するための水管溝(siphonal canal)が形成されます。水管溝は外套膜からのびる水管を保護し、水の流れを確保するという意味があります。多くの種は体の前側に前水管溝(anterior siphonal canal)を形成します(図2-24、2-25)。サツマツブリHaustellumhaustellum(図2-25A)やハシナガソデガイTibia fusus(図VII)は顕著な例です。さらには後水管溝(posterior siphonal canal)を併せ持つ分類群も存在します。例えば、ヒガイ類Volva(図VI)、オキニシ科Bursidae、キリオレガイ科Triphoridae、エビスボラTibia insulaechoraなどが代表的です。キリオレガイ科では2本の水管溝が発達するものは殻口とあわせて口が3つあるように見えるため、ミツクチキリオレガイ類と呼ばれます。
殻口から突出する水管溝とは逆に切れ込み(slit)を形成する種も存在します。最も顕著な例は、オキナエビス科Pleurotomariidaeとクチキレエビスガイ科Scissurellidaeの切れ込みです。この切れ込みの位置は肛門や排出器官、生殖器官の開口部と対応しています。従って、切れ込みから排泄物や卵と精子が外部に放出されるものと推定されます。
同様の形態はクダマキガイ科Turridaeにも見られます。クダマキガイ類の切れ込みの位置はオキナエビス類よりも殻頂寄りにありますが、これは外套器官が左側しかないために肛門の位置が偏っていることに関係しています。
一方、ソデボラ科Strombidaeの前水管溝の右側には1対の顕著な湾入(notch)が見られます。生時は動物体がこの湾入から眼を覗かせています。ソデボラ科の眼は長い眼柄(eye stalk = ocular peduncle)の先端に位置しており、眼柄を伸ばせば、身を乗り出さずに外部の様子を窺うことができます。これも身を守るための戦略のひとつと言えます。
新生腹足類の幼生の殻の殻口にも対になった湾入があり、sinusigera notchと呼ばれます。この湾入は摂食遊泳器官右あるベーラム(velum)を出し入れする空間として機能しています。従って、新生腹足類では浮遊幼生期を持つか持たないかは幼生の貝殻の殻口の形態から推定することができます。
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