1.貝類の形態と分類


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腹足類(Gastropoda)

 一般的には巻貝と呼ばれ、種の多様性では軟体動物中で最大の分類群です。腹足類の主な分類群としては、カサガイ類Patellogastropoda、アワビやサザエなどの古腹足類Vetigastropoda、アマオブネガイ類Neritopsina、新腹足類Neogastropodaなどを含む新生腹足類Caenogastropoda、クルマガイやミズシタダミなどの異旋類Heterostropha、アメフラシやウミウシなどの後鰓類Opisthobranchia、マイマイ類などの有肺類Pulmonataなどがあります。異旋類、後鰓類、有肺類は異鰓類Heterobranchiaにまとめられます。

 
外部形態
 多くの種は螺旋状に巻いた貝殻と蓋(operculum、複数形opercula)を持ちます。貝殻や蓋はグループによっては、退化的になるか、あるいは全く失われます。多くの種では体は頭足塊と内臓塊に分かれています。頭部には1対の頭部触角(cephalic tentacle)と眼が発達します。頭部触角は腹足類のみに見られる構造です。有肺類の柄眼類では頭部触角は大小2対あり、体の内部に完全に引き込めることができます(図1-12)。


 
 多くの前鰓類と後鰓類では触角の基部に眼を持ちます。有肺類では、基眼類Basommatophoraでは眼は触角の基部、収眼類Systellommatophoraと柄眼Stylommatophoraでは触角の先端に位置します。最も単純な眼は網膜のみからなる中空の構造ですが、種によってはレンズを持ち、さらに角膜(cornea)によって覆われるようになります。イソアワモチ類Onchidiumは頭部眼に加えて、外套上にも外套眼とよばれる眼を持ちます。眼は深海や洞窟などの暗いところに棲息する種では退化する傾向があります。しかしその場合でも頭部触角は残されています。

 内臓塊は通常螺旋状に巻きます。そのため、体制は左右非相称になります。古腹足類では様々な器官が対をなしますが、多くの分類群では右側の器官が退化します。

 足は扁平で匍匐に適した形をしています。しかし、遊泳性の種や内在性の種では、それ ぞれの生活様式に応じて足の形が変形しています。ゾウクラゲ類(図1-13)では足がひれ状になり、腹部を上にして泳ぎます。


 
 足には前足(propodium)と後足(metapodium)が区別されることがあります。後鰓類の一部には側足(parapodium、複数形parapodia)が発達し、遊泳能力をもつ種があります。古腹足類では上足(epipodium)に上足触角(epipodial tentacle)と上足感覚器官(epipodial sense organ)が発達します。

 腹足類は足の筋肉を波打たせながら移動します。波が後ろから前に移動する場合はdirect wave、前から後ろへ移動する場合はretrograde waveと呼びます。腹足類にはサザエのように足の裏が溝で左右に分かれている例があります。その場合は、左右を交互に動かしながら移動します。


 
外套腔
 外套腔には櫛鰓、嗅検器、鰓下腺が含まれます。櫛鰓は失われたり、二次鰓に置き換わることがあります。鰓の無い種は外套腔の表面で直接ガス交換を行います。古腹足類には鰓が左右一対ある種がありますが、他の腹足類では右巻の種では左側にしかありません。鰓は鰓葉が鰓軸の両側に交互に並ぶ双葉型(bipectinate)が原始的な状態と考えられます。新生腹足類では鰓葉の片側が外套膜に癒着して、単葉型(monopectinate)になります。後鰓類では櫛鰓ではなく二次鰓を生じます。その二次鰓が心臓の後ろ側にあるため、後鰓類と呼ばれています。それに対して、櫛鰓が保持されている分類群では心臓の前側に位置するため、「前鰓類」と総称されます。陸産貝類では鰓は失われ、外套腔は肺として機能するため肺嚢(pulmonary sac)と呼ばれます。

 嗅検器は腹足類の重要な感覚器官です。嗅検器も左右1対にある場合と片側にしかない場合があります。化学的な刺激に頼って餌を探す肉食性の種では感覚上皮の面積を増やすために二葉型になるものがあります。嗅検器は水のない所では機能しないため、陸生種では失われています。


消化器官
 頭部付近には歯舌、口球、唾液腺が含まれます。歯舌には種によりて様々な形が見られ、腹足類の分類の重要な基準になっています。前鰓類では、梁舌型(docoglossate)、扇舌型(rhipidoglossate)、紐舌型(taenioglossate)、翼舌型(ptenoglossate)、尖舌型(rachiglossate)、矢舌型(toxoglossate)などの形式が区別されています。歯舌の歯の形態には食性と機能的な関係が見られる例があります。しかし、歯の数は食性とは無関係であり、むしろ系統関係の影響を受けています。唾液腺は通常口球の後側に1対ありますが、唾液腺を欠く分類群、あるいは矢舌類Toxoglossaのように唾液腺が毒腺に変化するものも見られます。消化管、特に腸の長さは分類群によって様々です。一般に肉食の腹足類では消化管が短くなり、胃の内部構造が単純化します。

 食性は、原始的な分類群では藻食です。新生腹足類では肉食が多くなり、特に新腹足類は全て肉食です。イモガイ類には毒を用いて生きた魚類を捕食する種があります。寄生性で寄主の体液を吸うハナゴウナ科Eulimidaeやトウガタガイ科Pyramidellidaeでは歯舌が退化しています。

 懸濁物食の種では鰓を通じて餌となる粒子を集めます。浮遊物は粘液で捕獲され、ペレット状に固めた擬糞(pseudofeces)として、繊毛で口に運ばれます。カリバガサ科Calyptaridaeでは、鰓が大きくなり、粘液をつくるendostyleと呼ばれる腺組織が発達します。ムカデガイ科Vermetidaeでは、足腺から粘液の糸を分泌し、浮遊物を捕らえて食べます。活動時には規則的に粘液の糸をたぐりよせて食べる様子が観察されます。

排出器官
 腹足類の排出器官は左右1対または片側のみです。古腹足類の一部には対になった排出器官を持つものが見られます。その他の腹足類は右巻の種で左側のみです。左右両側に排出器官がある場合には、左右の組織の形態と生理的な機能が異なります。有肺類の排出器官では末端部は長い輸尿管(ureter)を形成します。この部分は水の再吸収に重要と考えられています。柄眼類では輸尿管の形態により、異輸尿管類Heterurethra、直輸尿管類Orthurethra、中輸尿管類Mesurethra、曲輪尿管類Sigmurethraに分類されています。


循環器官
 心臓は2心房1心室、または1心房1心室です。鰓が2つある分類群では心房も2つあります。しかし、心房の数は鰓の数とは必ずしも対応しません。ニシキウズガイ上科Trochoideaでは鰓は左側に1つですが、心房は左右にあります。新生腹足類・異鰓類では1心房です。心室は腸によって貫かれるものと、そうではないものがあります。その機能的な意味は不明です。


生殖器官
 腹足類の生殖器官は常に片側のみで、右巻の貝では体の右側に存在しています。前鰓類は一般に雌雄異体ですが、雌雄同体で性転換をするものがあります。異鯉類はほとんど全て同時性の雌雄同体です。腹足類には自家受精や単為生殖をするものもありますが極めて稀な存在です。

 右側の排出器官が保持されている場合は、生殖輸管は排出器官の内部に連絡し、卵または精子は尿と同じ管から排出されます。

 腹足類では分類群によって、体外受精を行うものと体内受精を行うものがあります。体外受精を行う種では、生殖器の構造にはほとんど差がなく、生殖巣で卵を生産する個体が 雌、精子を生産する個体が雄になります。

 体内受精型の雄には通常陰茎(penis)があり、精子あるいは精子の詰まった精包(spermatophore)を雌の体内に送り込みます。精巣からは輸精管(vas deferens)がのび、外套腔内では前立腺(prostate gland)が発達します。輸精管は折れ曲がって、貯精嚢(seminal vesicle)になります。雌の輸卵管(oviduct)には精子を受け取る交尾嚢(bursa copulatorix = copulatory bursa)、精子を蓄える受精嚢(receptaculum seminis = seminal receptacle)、余分な精子を分解するgametolytic gland、卵白物質を分泌する蛋白腺(albumin gland)、卵嚢などの保護物質を分泌する卵殻腺(capsule gland)が発達します。

 後鰓類と有肺類は同時性の雌雄同体です。生殖巣の内部では卵巣と精巣が同時に形成されるため、卵精巣(ovotestis)または両性腺(hermaphroditic gland)と呼ばれます。卵と精子は単一の両性管(hermaphroditic duct)を通じて排出されますが、その内部にはたいてい縦の壁が走っており、卵と精子の通り道が区別されています。外套腔付近では、両精管は複数の管に分離することがあり、自分の精子のみを区別して別の管で輸送する場合と、他個体の精子のみを区別して輸送する場合と、卵・自分の精子・交尾相手の精子を全て別々の管で輸送する場合があります。

 多くの新生腹足類は卵を卵嚢(egg capsule)に入れて産卵します。卵嚢は足の裏にあるくぼみで型どりされながら固定されます。後鰓類はゼリー状の卵塊または卵紐を産みつけます。陸生有肺類には石灰質の殻を持つ卵を産む種が多く見られます。


神経系
 神経系は脳神経節、側神経節、足神経節が食道神経環を形成し、側神経節から内臓へ向かって伸びる神経の一部に内臓神経節、体壁神経節(parietal ganglion)、食道上神経節(supraesophageal ganglion)、食道下神経節(subesophageal ganglion)などが形成されます。原始的なグループでは横連絡のあるはしご状の足神経幹が腹足の中を後方へ走りますが、新生腹足類や異鰓類では足神経から足神経が放射状に分岐します。前鰓類ではねじれによる内臓神経の交叉が起こり、捩神経型(streptoneury)と呼ばれます。一方、異鰓類の大部分では交叉が見られず直神経型(euthyneuy)と呼ばれます。しかし、後鰓類の中にはキジビキガイ類Acteonなどのようにねじれを持つものがあります。



掘足類(Scaphopoda)

 一般的にはツノガイ類と呼ばれます。全て海産で軟らかい底質中に潜入して生活します。掘足類の殻は両端が開いた筒状で、前側の殻口が広く、後ろ側の孔が狭くなります(図1-14)。後端にはしばしば、切れ込みや湾入やパイプ状の管が形成されます。貝殻と外套膜は発生上は左右二葉に分かれていたものが癒合して筒状になります。そのため、二枚の殻と外套膜をもつ二枚貝類との類縁性が考えられています。


 

 
 体は前後に細長く、左右対称です。足は円筒状で足裏はありません。足は自由に変形させることができ、潜入に適した形をしています。足の形態は二枚貝類に類似しています。頭部は退化的であり、触角、眼などの感覚器官は発達しません。

 外套腔は前側では完全に体を包み込み、後側では長く腹側に伸びています。呼吸器官の鰓や、化学的受容器官の嗅検器を欠いています。ガス交換は外套腔の内面で行われます。ツノガイ類は体が極端に細長く断面積が小さいため、循環器の発達が悪くても酸素の供給が間に合うのでしょう。しかし、種によっては襞状の構造が生じて鰓に類似した機能を持つものもあります。心臓は退化しており、動脈、静脈の分化も明瞭ではありません。しかし、囲心嚢は保持されています。

 口の前には収縮性のある糸状の頭糸(captaculum、複数形captacula)が多数伸びています。掘足類は選択的な堆積物食者で有孔虫や珪藻を食べています。大型の粒子は、粘着性のある頭糸の末端部によって捕らえられ、直接口に運ばれます。小さな粒子は頭糸の繊毛波によって運ばれます。顎板は馬蹄型で、歯舌は中歯が1本、側歯、縁歯が左右に1対ずつの5本の歯から成り立ちます。

 排出器官は対になっており、生殖巣の前部の腹側に位置します。左右はそれぞれ分かれており、肛門の後側で外套腔に開口します。囲心嚢と排出器官の間の連絡は失われています。

 生殖巣は内臓の後端に位置し、右側の腎臓を経て外套腔内に開口します。掘足類はすべて雌雄異体の体外受精です。

 神経系は、脳神経節と側神経節が近接し、足神経節と内臓神経節が離れて位置する点で、二枚貝類の原鰓類の神経系に類似しています。しかし、口球神経節(buccal ganglion)がある点では二枚貝類とは異なります。




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