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[新聞錦絵の情報社会]


東京日々新聞 第七百三十六号

岸田吟香ハ新聞/探訪の為、陸軍/に従ひて台湾に在/る事二ヶ月余、諸蕃降伏の/後ある時牡丹生蕃の地に遊歩し。/帰路石門の渓流を渉らんとて靴を/脱んとする折から。土人来りて/脊に負ふて越んと云ふ。吟香/辞すれども尚聴ざるゆゑ/渠が脊に乗たりしに。/力微して立こと能/ハず。遂に笑つて止/たりとぞ。蓋し/吟香は躯幹肥大て。重量二十三貫目に余れり/

吟翁が同社の硯友/轉々堂藍泉記

東京日々新聞 第七百三十六号

(台湾住民に担がれる岸田吟香) 琉球の漁民が台湾の現地人に殺された事件をきっかけに明治七年日本は台湾に出兵した。これに日本で初の従軍記者として出かけたのが、当時『東京日日新聞』の記者・岸田吟香である。彼は幕末期からジョセフ・ヒコ(浜田彦蔵)などと共に新聞編集に携わる一方、売薬業も営み、その広告の中に自らの巨体の絵姿をしばしば登場させた。

図99 東京日々新聞第七百三十六号
図99

東京日々新聞 第八百五十六号

a(関取詐欺にかかる)
b(欲深い継母の仕業で養女自殺)
新聞錦絵に掲げられた号数は同じでも、話の内容は全く別な例。この場合は、前者が本紙『東京日日新聞』第八百五十八号の記事から、後者は本紙第八百五十六号の記事に基いている。

東京日々新聞 第八百五十六号(a)

近来詐偽の術巧を極め此謀計に陥る者尠とせず彼有名/の角觝取小柳常吉本年十月下旬越前の国武生に於て/角觝興行為せしに或る夜同国坂井港なる清水磯吉が/手代なりとて小柳が旅宿に来り僕商用にて京阪に至る/べき主命を蒙りしが途中にして小包ミを失ひ路用に事欠き/たり今主家へ立戻らば四五里の費へありて大に商法の機会を/失へり因て関取りの旅宿を驚せしなり願はくバ旅費聊/借用致たしとありけるに清水ハ多分の恩恵を/蒙りし人なれバ/異議にも及ばず金拾五円を貸与へたり手代謝して/退きし後清水角觝場へ来りければ小柳/其事を話しけるに清水驚き予が/手代を京坂に遣し事なし升ハ/全く詐偽に罹りしならんと/小柳も是は四捨八手の/外なりけれバ暗に引/手を以て投けられ/たり

東京日々新聞第八百五十六号(a)
図100

東京日々新聞 第八百五十六号(b)

賢貞の処女が罪なくして刃に伏すや。/継母が貪欲に罹り憫むべき一説は。/北越新発田の焔硝取忠吉が妻お若とて/養女おたせが客色の美なるを揺銭樹と/培ひ。富商の少爺の外妾とせしに。おたせハ/性質温良く。孤媚を呈して誑かす術に疎/きを憤り。旦暮罠り打擲き。偶々客に離別ときハ。/手切を唱へて多金を貪り。又他の顧主を迎へさす。/野鄙業を浅ましと。歎きて辞ハ詈り責られ。/情なミだの乾く間も嵐に折し破荷の。/臺に導引たまへやと珠數の/玉なす白露と消る其名ハ/香バしき。彼の泥中の/蓮華の。浮萍とともに/流ぬぞ善哉

木挽町の隠士 轉々堂主人記

東京日々新聞第八百五十六号(b)
図101


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