東京帝国大学の創設
近代化を推進するなかで、急激な変化に対する反動が起こった。明治20年代は万事が国粋的な方向に向かった時代である。しかし、それとても西洋からの学術標本の流入を妨げるものではなかった。事実、大学の学術標本が眼に見えて充実してくるのもこの時期である。
国家有用の学府としての東京帝国大学(明治19年3月)の威光は、1世紀を経た今日でも、稀少にして高価な購入参照標本群にその名を留めている。
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